観光客の聴覚

人の聴覚は視覚よりも適当であり、なおかつ過敏であると思う。人は、聴きたい音を聴こうとし、聴きたくない音は一定のレベルなら掻き消すことができる。

 

先日、久々に沖縄島に行った。

2015年から私は仕事で沖縄へ移り住み、実に約5年、現地の法人に雇用されてごくごく普通の生活を営んでいた。しかも30代前半から後半にかけての自分の労働は、社会において自分の仕事がどのような役割を果たしているのかを考えさせられるものだったし、年代的にも「働き盛り」と言われるような時期だったから、活気に満ちた日々だった。それまでの、尼崎市に居住していたころの自分と比べると、社会で人と仕事し生きていく力が飛躍したし成長したと思う。

自分の人生において沖縄にいた期間はそういうタイミングだったから、久々に沖縄に「行った」ことにはなるが、感情的にいうと「帰った」という感覚だった。

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ライブハウスで開催されない音楽イベントや、即興演奏のライブには最近月に三回ぐらいは行っているだろうか。週一回までは達しないが、月に二回は行っているし、二回におさまっていないこともおおい。だいたい月に三回ぐらい。

特に江崎將史さんのライブ、日用品を使う演奏はよく見ていて、というのも、江崎さんが最近海外からやってくるアーティストのイベントの企画をたくさん行っていて、江崎さんのライブ回数が年間100日ぐらいに達してるんじゃないかと思うほど。しかも、平日の開催が多いのがありがたい。土日は動けないことが多いから。平日でも、バイト帰りにライブ会場を覗くことがほとんどだ。7時間ほど労働したあとの、超弱音の日用品演奏はなぜだか沁みる。耳を研ぎ澄ませて聴く炭酸水の音。わずかな空気の動きに影響を受けてほんの小さな音が鳴るOPP袋。江崎さんの演奏終了後、会場に散りばめた炭酸水入りバット(深さ2cmぐらい)が蹴飛ばされないかどうかドキドキしながら周囲を観察する行為までがセットである。

 

磯端伸一さんの演奏も、最近よく聴いている。江崎さんと最近よく一緒に共演していることがきっかけだと思うが、そういえば、沖縄に引っ越す前はどうしてシェ・ドゥーヴルとかにもう少し足を運ぼうとしていなかったんだろう? 今もどうしてあまり行ってないんだろう? 神戸に住んでて大阪が遠く感じてるからだろうか。磯端さんのギターの、一音一音の伸び方や間の取り方にはいつも魅せられる。

 

そういえば数カ月前、そんな磯端さんと大友良英さんがデュオ演奏するライブが大阪のギャラリーノマルであり、はりきって足を運んだ。二人の演奏の最初の出音が対照的で強烈だった。磯端さんはしっかり「ギター」の音だったけれど、大友さんが出した最初の音が「電気」そのものだったのには仰天した。電気回路を自身で研究して自作楽器も手がけてきた大友さんが、楽器修練者にとっての楽器のごとく電気を見事に操るということを、音で見せ(聴かせ)つけられたような演奏だった。シンプルで小さな演奏会だと、こういう、生身の音楽家の素が露わになって、おもしろい。

 

こういった即興演奏や構成のない音楽を聴いているとき、たいてい私は温泉入浴中のような感覚であったり、あるいは、睡眠中のような感覚にある。音楽家にとってはとても失礼かもしれない。演奏が終わると、そこに鳴っていた音のテクスチャや音像をスッキリ忘れてしまっている。代わりに、何か考えごとがひとつふたつ解決していることがままある。あるいは、非常に悲観的だったある事象についての視点を変えることができるようになっていたりする。今どきの言葉でいうと「整う」みたいなものかもしれない。けれどこういった音楽の用い方は私にとっては恥ずべき行為で、絶対に口に出しては(無論書いても)いけないことなのだが、今日はなぜだか懺悔のようにそれを書いておこうと思った。というのも、私は以前はこういうふうに聴いていなかったような気がするからだ。もっと音に集中していたような記憶が、うっすらだけれども、ある。ただそのぶん、音楽家の演奏を批評したがるような姿勢、前のめりで暑苦しい想いをもっていた。今は、ただ、聴覚を意識することもなく鼓膜から感じ取っている音の存在自体をふわふわと楽しんでいるような感覚なのだろう。前の聴き方と比べると非常に能天気であるかもしれない。どっちがいいのか悪いのか、いい悪いの話ではないのか、どのような基準もないことだから、まったくどうしていいのかわからないし、どうするつもりもない。

2018年7月、福州での約11か月間の留学を終えて、最後は晴れ晴れとした気持ちでライブハウスや音楽の鳴る場の少ない福州に「あばよ」と告げて、北京に移動した。今思えば北京よりも福州に行きたいと思うけれども、当時の自分にとっては即興音楽もノイズも鳴らない福州が退屈に感じていた。

 

7月6日頃だったか。北京に到着し、まずはもっとも密な友人である顔峻のスタジオに訪れる。この頃から、私はこれまで顔峻や北京の友人たちと英語でメッセージのやりとりをしていたのを、中文簡体字に変えた。さて、顔峻と久々に再会。何語で話すべきか?

到着するまでは少しそんなことを考えていたが、久々の友人に会って一番自然に口をついて出た言葉はハオジョウブージエン、好久不见、中国語普通話だった。

1週間ほどの北京滞在、顔峻は家族と近隣の別のマンションに住んでいるので、顔峻のスタジオは私が滞在中寝泊まりさせてもらうことになっていた。いつも、遠くヨーロッパや海外から顔峻の音楽仲間が訪れてくるときは、ここを寝床にしているらしい。じゃあよろしくお願いします、と、部屋の中をいろいろとチェックする。見れば見るほど、デジャヴ。ベッドルームのサイズとベッドの位置、クーラーの位置、そしてトイレとシャワールームの中、位置。絶対わたしはここに来たことがある。そういえば、この部屋にのぼってくるエレベーターも、何か見覚えたあったし、1階のエレベーター前フロアの溢れかえった電動バイク電動バイクによって狭くなった通路、広告シールや電話番号を貼られまくった(中国ではよくある光景)共用部分の壁も。おまけに、玄関の角度や、門の仕様もぜんぶ見たことがある。数えきれないほどの箇所に、既視感がある。これをもし夢か何かで見ていたのだったら異様だ。気持ち悪い。

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読みどころのご紹介(『オフショア』第三号―2023/8/22[農暦七月七日 七夕]発売)

『オフショア』第三号、無事に発売となりました! 

オフショア第三号

オフショア第三号
演劇、音楽、アートに関わる方、つくり手の方には特に読んでいただきたい号。(というか、自分がそのフィールド出身なので、その界隈の方々に向けてつくっていると言っても過言ではないです。)
 
下記、編集・発行人の山本佳奈子より、ご紹介です。
 
<『オフショア』第三号のもくじ>
■武田力インタビュー「分断を越えるための演出術――俳優と民俗芸能の経験から」聞き手・構成:山本佳奈子
■「芸術と力 ジョグジャカルタの知」金悠進 
■「私は如何にして心配するのを止めてマレーシアの生活を楽しむようになったか」友田とん
■連載・第三回「台湾における市民による地下メディア実践と民主化との関係――1990年代の台湾の地下ラジオ運動を軸として」『巻き起こった地下ラジオ旋風』和田敬 
聞き書き・第三回「営業のさちよさん」檀上遼 
■「プンムルと追悼――演奏を通じた加害の歴史の語りなおし」齊藤聡
■「わたしと、中国の幾つかのこと」長嶺亮子

表紙装画:胡 沁迪(フー・チンディ)
ロゴ・表紙デザイン:三宅 彩
 

offshore-mcc.net



🐙表紙は、タコ🐙
冒頭の武田力(たけだ・りき)インタビューで出てくるタコのネガティブなイメージ(=侵略者としての表象)を頭に置きつつ、以前からタコの脚を”かわいらしく”描いてきた中国杭州の版画家・胡沁迪(フー・チンディ)に、タコの木版画を提供してもらいました。


<読みどころ>
下記、編集・発行人の山本佳奈子による簡単なご紹介です。
手に取ったお客様との雑談にもぜひご活用ください!

演劇やアートの現場で活躍する武田力(たけだ・りき)のインタビューを巻頭に収録。まずは、チェルフィッチュにて俳優として活動していた頃の経験から。「アンチ・チェルフィッチュ」と言いつつ、チェルフィッチュの身体性がなければ今のようになっていない武田のキャリアを、自身の言葉で語っています。
戦争で日本軍からの被害を大きく受けたフィリピン・マニラにて、戦争記憶にあえて触れながら《たこを焼く》という作品をつくった武田力。民俗芸能とアジア、民主主義と西洋、読めば読むほど思考の材料が出てくるような仕掛けにしています。
武田力は現在東京都現代美術館で開催中の展覧会「あ、共感とかじゃなくて。」に参加中

インドネシアのロック音楽と政治の関係を研究する金悠進(きむ・ゆじん)に、山口市YCAMへ行ってジョグジャカルタ出身女性8名のグループ「バクダパン・フード・スタディ・グループ」による展覧会を鑑賞してもらい、批評文とは少し違う、エッセイタイプの文章を寄稿してもらいました。
オランダ統治と日本統治の時代を経て、今は開発に躍起になる国内の政治家に押さえつけられるジョグジャカルタの権力構造。(金悠進の最新著『ポピュラー音楽と現代政治—インドネシア 自立と依存の文化実践 』をあわせて読むと、ジョコウィ大統領の人気と政策や、インドネシアの社会についてもよく理解できます。)インドネシアの政治や社会を全く知らなくても、読みやすく仕上がっています。

  • 「代わりに読む人」友田とんの、マレーシア駐在時代の記憶
「代わりに読む人」代表で、作家の友田とん。マレーシア・イポーでエンジニアをやっていらっしゃった時代のエッセイを、書き下ろしていただきました。なーんにも起こらない。けれど、どうしてこんなに掴まれるのでしょうか。圧巻のエッセイ、とにかくおすすめです。

  • 台湾地下ラジオ連載、ついに地下ラジオの勃興の話に
連載第3回目を迎えた、ローカルメディア研究者・和田敬(わだ・たかし)による論考。ついに、台湾で地下ラジオが生まれ始めた時代の話に突入です。タクシー運転手たちの立ち上がる様子は勇気付けられます。また、聴取者参加型のCall-inスタイルの中でも、今のSNSと同様「炎上」に似たようなことはあったんですね。我々がまったく知らない、カワイイでもオイシイでもない台湾の「政治的な顔」を、深く知ることのできる連載です。

  • 中国語圏の境界を超えてきた家族の一人の、生活史。
檀上遼(だんじょう・りょう)の聞き書き連載は、檀上さんとも近いアイデンティティを持つ女性にインタビュー。編者山本が一番衝撃だったのは、最後のお葬式のお話。お葬式って、同じアジアでも、それぞれに違いますよね。

音楽ライターの齊藤聡(さいとう・あきら)が書いたのは、一般社団法人ほうせんかによる韓国・朝鮮人犠牲者追悼式のようす。フリージャズや即興演奏と、朝鮮のプンムルが、どう、つながるのか? ほうせんかによる追悼式、今年は9/2(土)開催とのことです

  • 中国の市井の人たちの素顔
ポロッと「日本鬼子」と笑い話で言ってしまう人。他意なく公共の場で「中国と日本、いろいろあるけどうまくやっていこうね」と言う中国の若者――。中国音楽や中国伝統劇を研究しつづける長嶺亮子(ながみね・りょうこ)は、豊富な現地調査のなかで出会ってきた、中国の人たちの素顔を引き出してくれました。
 
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編集者としての余裕?も出てきたのか、最初から最後まで、私も言いたいことを言わせてもらっている号です。

販売店リストは随時更新していきます。書店の方、レコードショップや小売店で注文を希望される方は、こちらをご覧ください

 

8月18日、ものすごく久々に、那覇在住時代によく話していた人が来阪するという。ライブに招待していただいたので観に行く。

 

招待してもらっておいてなんだけれども、もともと、その音楽はそんなに好きではなくて、ただ、その人の出す音はむちゃくちゃ好きで傾倒していて、この人以上に好きになれるベースの音は、おそらく一生涯みつからないとおもう。つまり、このライブの「音楽」はどうも好きにはなれないけれども、そのひとりの人の「音」が、私には憧れであり、もっとも愛する音でもある。

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無料の「立ち読みコーナー」やります@しんながた Hello Market

8/20(日)、神戸からよほど遠くはない場所におられる方、もしよろしければ新長田(長田と新長田があってややこしいんですが新のほう)にお越しになりませんか? 新長田合同庁舎という、新長田の中心地にある建物のなかに、「兵庫県立神戸生活創造センター」がありまして、そちらで『しんながた Hello Market』というイベントが開催されます。 


オフショアとして、わたくし山本佳奈子出店いたします。アジアを読む文芸誌『オフショア』第3号、このイベントにて初売りとなる予定でございます。他にも、過去作ZINEや友人のカセットテープ等販売予定です。


とはいえ。ここから先が大事ですので最後まで読んでください。


私もいつだったか公共施設なんぞで働いていた経験があったのですが、やっぱり、「公共」施設なるもの、お財布を持たずにきてもいい場所であり、紙幣硬貨の価値なんてそっちのけで過ごせるほうがいいんじゃないか?と思っております。今や、イオンモールやショッピングモールが各地で公民館的な役割を担いつつある(コンビニでトイレ借りれるみたいな感じで無料イベントが多数開催され無料休憩エリアや無料勉強エリアが拡充されている)状況ですが、そんな時代における公共施設とは、何か…? 
たかがイチ出店者の分際でこのように壮大なことを考えるに至りまして、この8/20、『しんながた Hello Market』における我がオフショアブースでは、「立ち読みコーナー」を設置します🎉

 

🎊立ち読みコーナーは無料です🎊

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堂々とバイトをしよう

バイトテロというのだったか。それにならないように気をつけながら、バイトの話をギリギリのラインで書いていくのはまあまあおもしろいし、自分が置かれている状況とかすごく客観的に考えることができるからすごく楽しい。

さっき、某スーパーのフードコートでワイン一杯ひっかけながら投稿したFBの画像が下。

帰りに小玉スイカを買ってひぃひぃ猛暑の中自転車を漕いで、考えた。

家についてから、畳をほうきで掃除しながら考えた。

汗だくの体をシャワーでさっぱり流してから、さらに考えた。

※今、私緊急でやらないといけないことは、『オフショア』第3号の組版なんだけれども、今考えたことを忘れてしまうのはもったいないから、まず、ここにしたためている。さっさと書いて、組版やります!

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