2022年11月、中国の市民によって自発的に歌われた「インターナショナル」

まさか2022年、中国で「インターナショナル」が市民により自発的に歌われるとは思わなかった。

ゼロコロナを目指す中国。ゼロコロナという言葉がもしかしたら数年後、10年後、数十年後にまったく意味が通じない言葉となっていたら不安なので付け足しておくと、この記事執筆時点の中国は、Covid-19感染者が出たエリアはどんどん封鎖されている。

2021年、大都市である武漢市全体がロックダウン=封鎖された記憶がもうはるか昔となってしまった。現在の中国における「封鎖」は、わずかな単位のエリアでのことを指している模様だ。あれから変異を続けてきたウイルスは、ごく小さなエリアで検出されるたびに、権威による管理システムを媒介して、その地に暮らす市井の人々の自由な活動、行動、散歩、買い物、運動に制限をかける。

百度地図を久々に開いてみると、写真のように赤いマークがたくさん着いていた。私の北京の友人が住む朝陽区に近いエリアだ。「疫情高风险」と赤いコロナ印が打たれた場所がたくさんある。「6号楼」「1号楼」など、数字に「号楼」が付く表示は、日本でいう団地やマンションのA棟B棟、あるいは3号棟や12号棟など、団地群やマンション群の一棟の建物を指す。集合住宅に住んでいて、同じ棟に住む住民から感染者が出たら封鎖、そして毎日のPCR検査(中国では「核酸检测」と呼ばれる)を義務づけられる。それがこの赤いコロナ印「疫情高风险」(=コロナハイリスク)だ。

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死んだ犬のこと

以前ここにも書いた犬、私が人生で初めて友達になれたと思った犬は、2022年6月の終わりごろに死んでしまった。あっけなかった。どうして飼い主でもないのに私がよくこの犬の面倒を見に行っていたかというと、つまりは、飼い主が留守にせざるを得なかったからで、私が犬を見に行くときは、実はいつも犬の体調が悪かった。下痢。嘔吐。バッチリ健康なんてときがなく、動物病院に連れて行くのも、もう慣れていた。死んだときの犬は、いつものように下痢して嘔吐していたらしく、そして病院でいつものように注射を打って、今度は回復せずにそのまま逝ってしまったとのこと。

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カンフー映画と肉体と犬肉

もう数ヶ月まえのことだけれど、ブルース・リーの映画を初めて見た。『ドラゴン怒りの鉄拳』。1972年の映画。

肉体的な映画に全く興味がなかったのでこのままいけばブルース・リーを一本も見ずに老人になるところだったが、見ておかなければならないと思った理由はレオ・チン著『反日―東アジアにおける感情の政治』だった。

 

www.jimbunshoin.co.jp

 

東アジアにおけるポップ・カルチャーの政治性が引き出されていく書籍。ゴジラブルース・リーのストーリーを題材に論じられている章がある。ブルース・リーもあの時代に香港からアメリカに渡り映画スターとして活躍することが政治的でないわけがないなと合点がいく。

『ドラゴン怒りの鉄拳』、一番驚いたシーンは、公園に入ろうとしたブルース・リーがインド系(だっただろうか? うろ覚え)の守衛に拒まれるシーン。

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島根と鳥取たみ、湯梨浜の中国庭園:中国地方旅行レポ02

かなり時間が経ってしまったけれど、以前書いた01に引き続く中国地方旅行レポを書いておく。

yamamotokanako.hatenablog.com

 

中国地方鳥取、山口へのひとり車旅行。上記の埋め込みリンクから読める01は、最後に訪れた山口でのこと。この同日のYCAMイベントでの角田俊也さんのトークもかなり面白かったのだけれど、どう説明していいのかまったくわからないので潔く端折る。角田さんの作品に触れると、音の性質や音そのものを聴くということが、いかに普段注目されていないかを思い知ることとなる。

 

さて、山口に到着する前は、岩国市にいた。夕方18時ごろに着いて、何をするでもなく、東横インにチェックインして泊まっただけだった。やたらアメリカ式英語を話す屈強な白人や黒人が男女問わず多い。東横インが位置する通りにたむろする、アメリカ人と思われる人たち。よくよく考えれば岩国には米軍基地がある。沖縄のパークアベニュー通りみたいだ。その日は土曜の夜で、なるほど街に繰り出す米軍人が多いということか。そうか、じゃあここはコザの週末とも通じるのかも。いやいや、私は車を持ってなかったから週末のコザやパークアベニューなんて行ったことなかったじゃないか。と、岩国と沖縄の共通点を見出せもしないのにぐるぐる考えながら、夕食に、米軍人も訪れているインド料理店へ。インド料理店こそ、グローバリズムの象徴かもしれない。北谷にもインド料理店は多かった。米軍がいれば、インド料理店がある。

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新自由主義とアートマネージメント

youtu.be

今私は2022年北京冬季五輪開会式の映像を見返している。確か当日、生でも見ていたのだが、再び見る。スペクタクル。規模がでかい。そして演出に芯がある。はっきりいって素晴らしい。立春の日に開幕した北京冬季五輪は、「中国には24節気がある」という映像から始まる。24節気の紹介映像は、立春に向けてカウントダウンしていく。ついに立春まで辿り着くと、演出した張芸謀のお得意技ともいえる大人数の演舞。緑色に光る数メートルありそうな、新芽をイメージしているであろうしなやかな棒がゆらゆらゆさゆさと、軽く百本(人)以上揺れる。

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グローバリズムと民俗祭祀――YCAM「はじめてのガチ聴き」より宮里千里さんの回を聴いて:中国地方旅行レポ01

先日行ってきた中国地方鳥取、山口へのひとり車旅行について記録。

 

YCAMで開催された大城真さん監修「はじめてのガチ聴き」9月4日の回に行きたかったので、全然車に乗らないのにまた車検に通してしまった父の車を4日間ほど占有させてもらい中国地方のいろんなところへドライブしてきた。


時系列が逆になるが、まず最後に訪れた山口のことを。

 

このYCAMのイベントの、この日の組み合わせ、とても良かった。この日の登壇者は、『オフショア』第一号に執筆していただいたエッセイストで、琉球弧の祭祀をこれまで数多く録音してきた宮里千里さん。あと、フィールドレコーディングや音を用いた作品が非常に哲学的でユーモラスな、角田俊也さん。

www.ycam.jp


翌日の勤務時間を考慮すると角田俊也さんの途中で退場しなくてはならなかったけど、話が面白すぎて結局最後まで聞いて、Q&Aの最中に後ろ髪をひかれながら退場した。
千里さんは、琉球孤と呼ばれる島々の祭祀や唄の録音を、奄美から八重山、北から南、黒潮の流れと逆方向に、トークしながら聴かせてくれた。聴かせてもらったことがあった録音がほぼなく、初めて聴く音源ばかり。また、エピソードやそれぞれの地域の祭りの話についても、伺ったことがなかったトピックがほとんど。千里さんのアーカイブの膨大さを思い知る。

 

今、そのとき取っていたノートを見返していて、ああそうだった、こんな話をされていた、と思い出すけれども、ノートに取っても取らずとも一番衝撃的だったことは、「琉球孤という呼び方は島尾敏雄さんが最初のようだ」ということ。島尾敏雄さえもきちんと読めていない自分が”編集”なんてやってしまって、いいのでしょうかね……

 

千里さんがこの日会場で聴かせてくれた録音の祭祀は、ほとんどがもう、執り行われないものだ。千里さんによる「録音する」「次代にその音声を残す」という行為がそもそも、「消えゆくもの」への応答として成立している。東南アジアの大衆音楽を掘り世界に広めてきたアメリカのレーベルSublimeFrequanciesなどの例を鑑みれば、千里さんがこれまでとりためてきた貴重な録音群は、その日時データや地域データとともにもっとどんどん広く公表されるべきかもしれない。昨今の「コモンズ」や「オープン」という考え方が民主主義的思考から生まれたように、自分の手で行った仕事を次代に繋ぐためにどんどん公に放り出していくこと。それをしたほうがいい、と、千里さんはおそらく多くの人に言われてきただろうし、私も何かの拍子に何度も言ったような気もしないでもない。


しかし、消えていった祭祀の神唄や録音を、違う年代に生き、違う地域に生きる我々が軽くポップに「聴く」ことは果たして道理にかなっているのだろうか。この場合の「聴く」は、どうしても「傾聴する」とはほど遠く「聞き流す」ことになってしまいがちである。だって、自分と関係のない地域、自分が過ごした時代ではないものであり、今生きている自分と直接関わらないものだから。自然に引き合わせられる現象ではない。科学も思想も元々は自然から生み出されたものだとするのであれば、少なくとも自然の摂理には反するような気がする。時間も地域も超え、関係あるも関係なしもごちゃまぜにして、すべてにまんべんなく情報を行き渡らせようとする観念、良かれと思ってそれを推し進め世界を平等に均質化していこうとする運動、それこそがグローバリズムだ。グローバリズムは、民主主義的な衣装をまとっている。


1978年をもって終了した「イザイホー」を我々はもう実際に見ることも聴くこともできないことを嘆いてしまうが、そもそも、ヤマトに住む私が、イザイホーの執り行われる時代に生きていたとしても、生で聴くことも見ることもできなかったのだ。それが久高島でなくとも、たとえば尼崎の南のほうの一角だけの地域で開催しているだんじりだって、その辺のイオンだかダイエーだかショッピングセンターで行われる子供向けの盆踊りだって、誰もがいつでも体験できるものではない。その時代にその場所に自分がいる。その偶然性に意味があり、さまざまな偶然性のもとにその場の個性や特徴がつくられていく。それが体験であり、地域文化や時代の差異にもつながっていく。現在商売として行われるイベントごとやお祭り、フェスティバルなんかも「その場限り」といわれ人集めがなされるが、電子データに置き換えられない情報や空気やそれらの摩擦が「その場限り」において無限に立ち現れるからこそ、人は「その場限り」を尊び、希求する。


コモンズでもオープンでもなかったその時代の、その地域の文化は、閉ざされていると表現することもできるが、自然や動物の身体的能力を素直に捉えて見据えていけば、単純に、個々の特徴や違いをそれぞれに保っている、というだけだ。


千里さんの登壇回が終了した後、会場内で数年振りにお会いしたマッピーさんこと大城真さんと、千里さんと軽く話す。大城さんが「今まで聞かせてもらってない音ばっかりでしたね」と言うと、千里さんは「どうしてもこういうのは呼んでくれた人に向けてやっちゃうからね。マッピーが聞いたことないのを集めたね」と。いかにも有機的。沖縄出身で私の何十倍も千里さんの録音を聴かせてもらってきたであろうマッピーさんの耳にこれまで入ったことのない音源をと千里さんがセレクトし、それを我々観客もおこぼれにあずかって聴けたということで、これこそが「その場限り」のありがたさ。


トーク終了後の客出し時間に千里さんが流していたのは、千里さんが大好きな平敷屋エイサーだったはず。ずっと鳴り続けるたくさんの人による指笛、高音の厚みが、沖縄のどのエイサーとも違う。

 

 

 

続きは後日。

飲食店の客層

『オフショア』発送作業がほぼ毎日のように続き、有難い限り。こういった「外に開く」意識の時って、どうしてもブログにこそっと少しだけ走り書きするような「内向きの」「取るに足らない」話題を書き残すことができなくなる。

けれど本来、人が人間の内面を見つめられるとすればそれは自分という人間の内面にしか向き合えないのであって、そこを素通りしていくとなんだか疲れてくるよね。と私は思う。一人になる時間が必要、ってよく言われるのはそういうことなんじゃないかとか。一人でじっくり鬱々と考え込む時間は貴い。

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