大阪府美術品管理の問題について

毎日新聞による報道概要

毎日新聞からスクープが続く大阪府の美術品管理の問題がある。SNSではこのスクープを受けて、大阪維新の会(および日本維新の会)を嫌う人々のあいだで「ほら、維新はわけもわからずこういうことをする」「維新に財産を任せられない」「維新に美術の価値はわからない」など、批判的な投稿が飛び交う。

毎日新聞のスクープはこのような内容だ。

2023/7/24 美術品を「粗大ゴミ扱い」 大阪府が地下駐車場で105作品保管 | 毎日新聞

2023/8/16 地下駐車場の美術作品をどう守る? 大阪府に専門の学芸員不在 | 毎日新聞

2023/8/18 「デジタルで見られるなら処分も」地下駐車場美術品で大阪府特別顧問 | 毎日新聞

2024/1/30 美術品ずさん保管 専門家チーム「予算確保と修復 大阪府に責務」 | 毎日新聞

2024/1/30 美術品に「引っ越しラベル」じか貼り 大阪府、ずさん管理6年の代償 | 毎日新聞

 

まず、美術品を地下駐車場に閉じ込めていたことがスクープされたことをきっかけである。この問題が世論で批判されたことを受けて、大阪府は「特別チーム」を立ち上げるに至る。

毎日新聞の最初の報道2023/7/24の2日後、知事記者会見にて、記者がこの件を質問し、吉村大阪府知事は対策をすると話す。対策のひとつが、「特別チーム」の立ち上げだ。吉村大阪府知事が定例の知事会見にて発言した内容は、文字起こしされて大阪府のウェブサイトにて公開されている。下記リンク内の「咲洲庁舎地下駐車場に保管されている現代美術作品について」という箇所で、(1)と(2)があり、文字数にして約5000文字。

2023/7/26 大阪府/令和5年(2023年)7月26日 知事記者会見内容

でも、我々は評論家じゃないから、じゃ、どうするかという問題があるわけですが、やっぱり人目に触れさせたいと思いますので、美術の専門家等を含めた特別チームを立ち上げようと思います。この105点について、まとめてどこかで展示というのは難しいのかもしれないけれども、人の目に触れる展示の在り方というのがないかというのを美術の専門家の視点から、105点作品がありますので、一点一点確認もしてもらいながら、そういった特別チームから意見をもらおうというふうに思います。

>>>上記引用部分冒頭について。本題に関係ないが、「我々は評論家じゃないから」は誤りで、「我々は専門家じゃないから」と言われるべきだったと思う。筆記者の間違いかもしれない。

 

事前に表明しておくが、私は大阪府大阪市の施策、そして何より維新政治が嫌いで大阪府大阪市から転居した人間である。維新の肩をもつ気はさらさらない。そのうえで以下、読み進めてほしい。

 

 

文化行政は首長や第一政党の意見で決められない

まず、公立の文化芸術施設や自治体が実施する文化芸術事業において必要となる判断や決定事項は、門外漢である自治体公務員(事務方)や、おなじく門外漢である首長によって独断的に決められるものではない。いくら、その首長や公務員が「美術大好き!」「実は作家/研究者なんでむっちゃ知識あるんです!」なんてことがあったとしても、自分で「この芸術事業に助成しましょう」とか「この芸術事業の事業者はこの企業に委託しましょう」とか、できない。ぜったいできない。というかそんなことが始まったら、まさに独裁でありディストピア。その首長や公務員個人のコネで文化行政が執り行われてしまうのであれば、もうそれは公共ではないでしょう。

 

文化行政においては、必ず自治体ごとに「審議会」や「有識者会議」がつくられており、そのメンバーは、外部の専門家たちである。

大阪府の場合は、「大阪府市文化振興会議」というものが大阪府文化振興条例を根拠に設置されている。この文化振興会議は、下記を所掌事務とし、 

  • 関係府市の文化振興計画の策定及び変更に関する事項の調査審議に関すること
  • 関係府市の文化の振興に関する重要な施策についての調査審議に関すること

令和5年度の委員名簿はここの「資料1 大阪府市文化振興会議委員名簿」というPDFファイルにある。文化芸術界隈で仕事をしたことがある人なら、ここにラインナップされている人の名前をだいたい知っているはずだ。実績のある専門家たちである。これらの専門家たちに自治体から文化行政のご相談がいくわけである。文化芸術をしらない首長や公務員も、この人たちがいるから、文化行政を執り行うことができる。ちなみに、東京都の場合は「東京芸術文化評議会」という名前で設置されており、さすが東京っぽくコシノヒロコだとか是枝監督とか、世界的著名人が多い。

 

美術や芸術やアートは、専門分野である。なので、複数人の専門家に意見をお伺いするというのが、どの自治体もやっている基本ルールである。大阪府の文化行政も、一応、そこの基本ルールは放棄していない。吉村大阪府知事が「特別チーム」をつくった理由は、「自分や公務員は芸術の門外漢だから、専門家の意見を聞いて公共に資する対応をしていきたい」ということかと思われる。

 

吉村府知事の対応はわりと妥当ではないか?

そういうわけで、吉村府知事が「特別チーム」をつくったのは妥当で、ふつうでまともな首長としての対応だと私は考えている。ましてや、問題の歴史は長い。大阪府立の美術館をつくろうという構想があったのはなんと90年代! 大阪府は将来建設できるであろう美術館のために、(まだバブル期…)作品を購入してきたのである。さらには大阪トリエンナーレという芸術祭も開催し、そこに出品された作家の作品も蒐集してきた。吉村府知事の本音を想像すれば、昔の負の遺産を押し付けられた感じだろう。

ちなみに、大阪府が所蔵している美術作品には「大阪府20世紀美術コレクション」という名前がついていて、つまり「大阪府20世紀美術コレクション=大阪府所蔵の美術作品」ということになる。この大阪府20世紀美術コレクションは、現在、大阪府江之子島文化芸術創造センター[通称:enoco]の「指定管理者」に「管理・活用」が委託されている。

 

特別チームが出した中間報告書

さて、では吉村府知事が急こしらえした「特別チーム」とは誰か。

 

特別参与3名と特別顧問1名で構成されており、この面々である。

特別チームの参与と顧問

 

 

この特別チームが出した中間報告書が明るみになって、スクープされたのが毎日新聞の2024/1/30の記事である。中間報告は、大阪府のウェブサイトで公開されている。さらに、先に書いた、90年代に府が蒐集していた美術品と頓挫した美術館構想についても触れてあるので、この中間報告書を読めば、大阪府の文化行政の美術分野における歴史が一望できると言っても過言ではない。下記リンクがそれだ。

www.pref.osaka.lg.jp

 

基本情報を書き終えたところで、私が気になった点を書く。長くなるので、目次スタイルにしておく。

 

駐車場に美術品を設置することになってしまった経緯がいまだに不明瞭(当時の学芸員と職員はなぜ6年間放置した?)

上述の通り、スクープを受けての府の対応はまともだと、私は考える。それに、「維新のもとでは美術品がむちゃくちゃになる」というSNS上の意見も散見されるが、維新という政党が直接的に美術品を管理するような実務を担ってはいない。維新の会に所属する政治家は、学芸員資格を持っていないし、専門家ではない。美術の現場にいる人なら当たり前に知っていることだが、まず、作品は素手で触ったりしないし、湿度や温度や照度を管理しより長期間保存できるようにし、運ぶときも美術運送業者を使う。作品自体を移動させるには保険をかけるし、とにかく丁重に大事に扱われるし、その都度扱い方のメソッドがあり、そんなものは実際に学芸員として経験のある人に任せないと、壊れてしまうかもしれない。どんな素材も経年劣化する。それに、「大阪府20世紀美術コレクション」とは大阪府民の税金によって収集保管されている財産だ。プロである学芸員が管理しなければならない。というか、学芸員を設置する、って、そういう意味でしょう。

学芸員は、大阪府に在籍していたということが毎日新聞のニュースにも、「特別チーム」の中間報告書にも書かれている。

しかも、 毎日新聞による最初のスクープを受けて記者会見で答えた吉村府知事はこんなふうに発言している。

移転する先を見つけるまでの当面の間ということで、変化が少ない環境ということでこの場所を、ある意味、学芸員の指導の下で決定した。そして、この間も、毎月2回、職員が状況についての確認というか、そういったことも行ったということですけれども、その当面というところが6年間延びてしまっているということが僕は問題だというふうに思っています。

 

 

 

 

おいおいおい、学芸員の指導の下で、学芸員と職員が地下に6年間置きっぱなしかよ!と、私はつっこんだ。美術作品を厳重に適切に取り扱うプロである、専門家である学芸員がこんなことをやってしまった理由は、当時の文化課職員のごり押しがあったのか? 学芸員と職員に、どのようなやり取りがあったのか? そして6年間も、学芸員と職員が密室で会話して仮置きを放置してしまった原因は何? こちらの反省と検証こそ、されるべきではないのか? 

 

指定管理制度についてこそ批判されるべきではないのか?

また、SNSでは「府に学芸員がいないなんて!」という意見も散見されるが、6年前の2017年はH29年であり、同中間報告書の参考資料によると、2017年当時は大阪府に学芸員がいた。学芸員がいなくなったのは、R2年=2020年からだ。

 

この中間報告書参考資料にもあるとおり、大阪府江之子島文化芸術創造センター(以下enoco)が開設(H24=2012年)されてからは、大阪府学芸員がおり、enocoにも学芸員がいる状況だった。(と書くと、むっちゃ学芸員多かったみたいなイメージになるかもしれないが、資料の通り大阪府には2名体制、enoco側には常時1〜2名程度しかいない)

 

 

そして批判のとおり、R2(=2020年)からは学芸員不在で、enocoだけに大阪府20世紀美術コレクションの管理活用が任されている。では、enocoとは何か?

enocoとは、指定管理者によって管理・運営されている「アートセンター」であり、現在は吉本興業が指定管理者となっているが、2012年開館からの10年間(2022年まで)は長谷工コミュニティ×E-Designが指定管理者となっていた。

ウェブサイトをざっと見れば、施設の概要がわかるが、もっとわかりやすいのは大阪府が策定しているこの書類だ。

大阪府立江之子島文化芸術創造センター指定管理者募集要項

https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/41539/00000000/boshuyoko.pdf

具体的に指定管理者はenocoにおいてどんな業務を行わなければならないのか? 3〜7ページ、約4ページにわたりびっしりと網羅してある。

3. (2)管理運営業務の内容

①「現代美術の振興」
②「交流・活動・協働機会の創出」
③「次世代への継承・発展」
④施設の維持管理及び修繕に関する業務
⑤その他、府が特に必要と認める業務


「①現代美術の振興」とある部分が、大阪府20世紀美術コレクションの管理活用にかんする部分だ。さらっと業務内容が羅列されているに過ぎないが、5つある業務内容のなかで一番目にくるということは、大阪府がもっとも重要視しているということでもあろう。そして①だけでも業務内容が膨大で、民間事業者が「現代美術の振興」を掲げるってすごい負担だなと思う。さらに②③④⑤と他の業務も多い。enocoはスタッフ何名体制でやればいいのだろうか。学芸員は何名配置されるべきなのか。(加えて、このような業務が建設業者である長谷工コミュニティや吉本興業に可能なのか?)

 

大阪府20世紀美術コレクションの放置問題が話題になるなら、同時に、このコレクションの管理活用を任されてきた指定管理業者と指定管理制度が適切なのかどうかというところも、一緒に議論されてほしい。

 

どういう結末が予想されるか? 府市統合

毎日新聞の報道が今後どこまで続くのか、どの程度関係者に取材したり深いものとなっていくのかならないのかわからないけれど、結末がとても簡単に見えてしまった。

 

すべては2023/7/26の吉村府知事記者会見に答えがあるのではないだろうか。

大阪市は、六つの美術館、博物館を擁しているので、こういった作品で、人の目に触れるという意味で協力をお願いできるところはないかなということを横山市長にも提案して、もちろんこれは行政的に、いや、これは引き取るものはありませんよということになれば別の方法も当然考えますけど、そういったことも動き始めています。

話し言葉なのでとてもあいまいに見えるが、要点を抜き出せば、こういうことである。

  • 大阪市は6つの市立美術館・博物館をもっている。
  • 市立美術館が引き取ってくれないだろうか?

大阪府大阪市は別の自治体のはずではあるが、結局、都構想はぐんぐんと進んでいるのである。大阪市立大学大阪府立大学は大阪公立大学になったし、文化行政についてもかなりの部分で府市統合がすすめられている。約7900点の大阪府20世紀美術コレクションについても、府ではなく「府市で管理しましょう」という準備が進んでいるということである。

しかも、特別チームの特別顧問は上山信一氏である。府市統合にもっていくという結末が楽に予想できる。

 

そう仮定すると、毎日新聞のスクープを読んで「吉村府知事はやっぱり美術なんて興味ない」「吉村ひどい」と批判することで大阪府の計画に加担してしまうような気がするのだ。この件について府政叩きをすればするほど、「大阪府に美術品は任せられないね」という世論が形成されて、「じゃあ市で」という方向に流れていく。まあ、大阪市も維新の首長なんですけどね……。

 

自分も反省

私は、実は2019年から2年ほど「大阪府20世紀美術コレクション」を管理活用する施設enocoにパートタイムで勤めていたので、今回の一連の報道を見て、ぞわぞわする。と言っても、美術作品の取り扱いは先にも書いたように学芸員の領域なので、私には何も貢献できることはなかっただろう。私は広報誌の制作やイベントの企画、ワークショップの企画等で週4日の勤務時間を使い果たしていた。ただし今思い返してみて「あんなことできたんじゃないか」とも思う。今SNSで批判してくれている人たちは少なくとも大阪府の文化行政に興味を持ってくれているのだから、もっと、府の文化行政の問題点や改善を提言していくような企画を打てなかったのだろうか?

文化行政やアートマネジメントは、狭く、特殊で、あまり開かれていないコミュニティだと思う。今回記事で記したように、そもそもの条例やしくみを理解していないとわからないことも多いし、専門家でなければ判断できないことばかりだし、行政文書も読解しなければならない。今、大阪府の文化行政で何が起こっているか、どういうことが問題になりつつあるか等を外の世界にも広く開いて理解してもらい、「文化行政とはどうあるべきか、市民をふくめて対話する」ような機会を在籍中につくることができればよかったのに。

とはいえ、もう文化芸術のマネジメントや文化行政に携わる気力や興味がない。携わる気がない人があれこれ言うのは、外野の野次にしかならないかもしれない。

この記事が、本当に最後。このあたりでペンを置いて、アジアに没頭します。