冒頭試し読み「はじめに」『個人メディアを十年やってわかったこととわからなかったこと』

新しい小冊子『個人メディアを十年やってわかったこととわからなかったこと――オルタナティブ・ネット・音楽シーン』を6月21日に発行します。つきましては、冒頭に書いた「はじめに」を全文公開します。「続きを読む」からご覧ください。

 

書店で取り扱いを希望される方は、お気軽にご連絡ください。連絡先は、 info.offshoremccアットマークGメールです。

 

offshore.thebase.in

 

*もくじ*

  • オルタナティブについてわかったこと――形骸化するオルタナティブと、仕事化されないオルタナティブ        
  • ウェブやSNSについてわかったこと――エコーチェンバーのネットにちょうど良いサイズの社会を求めて    
  • 日本の音楽シーンについて、わからなかったこと――興行ビザ/ツアー収支とギャラ定額制/対バン文化 

 

はじめに

 これは、三篇のエッセイをまとめた冊子である。筆者である私、山本佳奈子が、個人で立ち上げて運営していたオルタナティブメディア『Offshore』を一〇年間運営して、わかったことおよびわからなかったことをおさめた。
 Offshoreは二〇一一年の七月に、まずは「ウェブZINE」と称してウェブマガジンを立ち上げた。ウェブZINEでは、日本以外のアジアのアーティストや音楽家、独立系書店の店主やレコード店の店主など、広い意味での「文化実践者」にインタビューし、その記事を掲載した。インタビュー対象は概ね海外在住者なので、私が相手の住む地を訪ねたときに取材させてもらった。日本語を話さない人に対しては英語で取材し、それを日本語に訳して日本語で記事構成していた。読者ターゲットは、日本以外のアジアの文化状況に明るくない日本語話者だった。これまでのインタビューは、このリンクから読める。

https://offshore-mcc.net/interview/

 

 二〇一二年頃からは、Offshoreの活動を広く知ってもらうために、記事から発展したトークイベント等も行うようになった。主に渋谷にあった映画館アップリンクで、海外のゲストとスカイプで繋いだり、日本以外のアジアに造詣の深いゲストを呼んだりして、文化状況や社会背景の紹介をし、観客とディスカッションした。
 トークイベントからさらに発展して、ドキュメンタリー映画の上映企画や音楽バンドの来日招聘ツアー企画も行うようになった。トークイベントについては小さなものはもうアーカイブしていないのだが、Offshoreが行ってきたイベント全般はこのリンク先にある。

https://offshore-mcc.net/about/

 

 Offshoreの運営を始めて一〇年経ったから、このような冊子をつくり、一〇年間をまとめようと思い立ったわけだが、一〇という数字がキリ良いだけで、特に今やらなければならなかったというわけではなく、むしろ、もっと早くに私はこれまでのOffshoreを振り返り、次のステップに進み出した方がよかったのだと感じている。
 一〇という数字にケツを叩かれて、振り返る覚悟をした。自分の経験と、そこから考えたことを棚卸し、自分で書く。しかも、なるべく他人にわかりやすく書くことに努めるということは、実際のところかなり酷な作業だった。自己を客観視し、棚卸が進むめば進むほど、自分はどれだけ何を中途半端にしてきたか、自分はいかに「やった風」に見せかけてやってこなかったかが、明確になる。また単純に、時間を逆行してものごとを振り返るのは、あまり楽しいことではない。
 「あのときこうすればよかった」「もっとこういうことをやっておけばよかった」と思うことばかりで、この三篇のエッセイにも、反省が随所にある。他人の反省なんて読んでも面白くないだろう。「私以外の人が読むことを望んで私はこの冊子を世に出すのに、反省文をたらたらと綴って一体何をやってるんだ」と、何度もこの冊子発行をやめようとした。でもここでまた、一〇という数字が自分に圧力をかけてくれる。「一〇というタイミングにのっかって清算しておかなければ、閉じられないぞ」と。
 読者がただ他人の反省会を聞かされているような印象に陥らないような構成を考えていくと、以下の三点に主眼を絞ることとなった。オルタナティブと呼ばれる実践形態の茫漠さ。個人メディアのツールとなるウェブやSNSの問題点。そして日本の音楽シーンにおける市場のしくみ。前の二つについては、Offshoreというオルタナティブメディアの実践のなかで実践を経て「わかった」ことが多かったが、最後の一つについては、実践すればするほど「わからない」という感覚だったため、その通りにタイトルを付した。
 この三点について、私のテキストを読んだ読者はどのように考えるのか。「いやいや、そんなことないわ」とまったく別の論をもらえるのか、それとも、「そうそう、私もそう思ってた」と頷く人がいるのか。私の住所を宛先に記入した封筒を、この冊子の付録として販売し、感想・お便り・ご意見を収集し、収集したものをまとめてさらに冊子をつくる、なんていうアイディアも面白いんじゃないか―と思ったが、今どき、感想・お便り・ご意見の類のものは、メールアドレスでも十分なのかもしれないと考え直し、封筒の製作代をケチることにした。もしこの冊子を読んで何か思うことがあれば、気軽にこちらのメールアドレスまで。

info.offshoremccアットマークGメール

 

 なお、三篇のエッセイはどれについても自分個人とそのテーマについて綴っており、Offshoreというオルタナティブメディアに私=山本佳奈子という登場人物しかいなかったかのような印象を残してしまうかもしれない。しかし、この一〇年間でOffshoreの活動に何らかの形で協力してくれた人はたくさんおり、すべての協力者に私はいつも尊敬の念を抱いている。そしてこんなヨチヨチ歩きで始めたメディアに、飽きず見放さず読者としてつきあってきてくれたたくさんの方々に、感謝しきりである。
 今後紙の本として出版する『オフショア』は―単に縦組みに対応しやすくするため英文字からカタカナに変換することとした―、二〇二二年八月から年に二回ほど発行していく予定だ。寄稿者たちによる活力みなぎる原稿が、広大で均されることのない、雑多で彩り豊かなアジアを体現してくれる。