映画レビュー:陳思誠『唐人街探偵 東京MISSION』と柯汶利『共謀家族』

『唐人街探偵 東京MISSION』は映画シリーズ『唐人街探案』の3作目。1作目と2作目についてはここに書いた。

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監督は、ロウ・イエ監督『スプリング・フィーバー』で三角関係となる探偵役だった陳思誠。役者と監督の両方を続けていたが、2015年に『唐人街探偵』1作目が大当たりしてからはほぼ監督業に専念している。

以下、ネタバレしまくります。

 

『唐人街探偵 東京MISSION』がいかに予算規模のでかい映画で、日本側プロデューサーがどんな感じで中国チームと仕事していたか、などの記事やニュースはこれらのTwitterのスレッドに貼っている。検索をかけると、たぶん他にもたくさんバーター記事っぽいものが出てくる。

 

中国と日本の、こういった仕事における協働の面白さや違いなど、一番面白く読めた記事は朝日のこれ。

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さてここから内容に触れていく。

本国では2020年の春節に上映開始される予定が、コロナで1年延び、2021年の春節にやっと公開された。春節にあわせた映画だから、エンドロールの最後の曲がアンディ・ラウ春節を祝う曲『恭喜发财』。2020年バージョンの『恭喜发财』は、これをアンディと映画に主演する王宝强、刘昊然が一緒に歌い、それが『唐人街探偵 東京MISSION』の中国本国でのプロモーションのひとつだった。

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もうまずこの時点で、なぜ突然アンディ・ラウなのか。観ていない人は、映画との接点がわからないと思うが、『唐人街探偵 東京MISSION』ではラストシーンでほんの数秒間だけアンディ・ラウが登場する。でも、この役、どうしてもアンディじゃなければいけなかった理由がよくわからない。考えられる原因としては、「スターになった王宝强と、アンディ・ラウの、久々の共演!!」という話題性で宣伝したかったんだろうか?

 

下の動画は、王宝强が中国で多くの人に知られるきっかけとなった映画『イノセントワールド/天下無賊』。まだ無名だった王宝强は田舎者の少年を演じ、主役はアンディ・ラウだった。冯小刚(フォン・シャオガン)が監督し中国で2004年に公開された。当時、もちろんアンディ・ラウはすでに大スターだったし、他に葛优も出演していたり、豪華な映画に、一人ぽつんと登場した要の役どころの新人が王宝强だった。王宝强は昔のバラエティ番組でのインタビューで、この『イノセントワールド/天下無賊』が公開された翌日から、街で指をさされ声をかけられるようになったと語っていた。

(王宝强の経歴については、農民工であったという点に注目し、以前ここでこんな記事を書いた。 中国の農民工問題と元農民工である俳優・王宝強の人気について - 別冊Offshore / 山本佳奈子のblog

そんな経緯があったから、王宝强とアンディ・ラウの約20年を経ての再共演が面白いということか? 単に「ここで世界の大スターが黒幕役で登場したら豪華じゃないか」ということ? いまいち解せない。

 

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アンディ・ラウの登場がどれだけ面白いことなのかよくわからないのは我々、中国の外の住人。蚊帳の外の人間として、他にも蚊帳の外ポイントがいくつかあるのが『唐人街探偵 東京MISSION』。

映画のヒット後、中国ではドラマ版の『唐人街探偵』が製作され放送された。バンコクを舞台として、主役も変わり、スピンオフドラマとしてこちらも人気が出た。『唐人街探偵 東京MISSION』では、少しだけバンコクでのシーンがある。そこに、このドラマ版で主役を務める邱泽(ロイ・チウ)も登場する。いかにも「すごい人がここで登場した!」というような演出なのだが、日本では誰も分かるわけがない。

 

『唐人街探偵 東京MISSION』を観てあらためて実感する、シリーズ1作目の完成度の高さ……。1作目でコメディ映画として仕込まれていた笑いのネタは、2作目でも3作目でも"天丼"として繰り返したりしているし、また、大筋での話の展開も非常に似ている。クライマックスで、主役の探偵が時間を競って謎解きに向かうシーンでは必ず逆風が吹き、現地の警察や敵に行く手を阻まれるのだが、「んなことあるかいな」という奇跡が巻き起こり挽回。見事に目的地に間に合い、謎解きができる、という展開は3作とも一致している。1作目はそれが比較的うまくはまっていたし、2作目ではまだネタ切れ感がなく笑える範囲だったのだが、3作目はもう酷かった。面白くなさすぎて、愛想笑いもできない。

 

しかし2点、良かったことはある。中国語と日本語が入り乱れるこの映画で、イヤホン型翻訳機の効用をストーリーのなかにうまく組み込み、謎解きに被せてきたこと。そして冒頭のシーンで、日本語話者であるはずの三浦友和が、日本式ではなく中国式の「3」を手指で表示すること。この2点は細かく計算されていて、ニヤリとできる部分だった。

 

そういえば。1作目では王宝强演じる唐仁が、チンピラたちに捕まった時に胸のあたりにある龍の刺青を見られて、「え、お前マフィアなの?」と聞かれ「いや、カッコつけて彫ってみたけど痛すぎて途中でやめた。かっこ悪いからこれには触れないで……」というふうなやり取りをするシーンがあった。しかし、2作目からは唐仁の胸元の刺青は綺麗さっぱり消えている。

 

とにかく、唐人街探偵は1作目がB級映画チックなコメディとして完成されており、日本では公開されていないけれどもやはり、1作目のみをおすすめしたい。3作目は、あまりにも、中身がなく、金のために撮っているのが見え透けている。

 

 

 

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続いて、『共謀家族』はマレーシア出身の柯汶利が監督した。柯汶利は国立台北芸大で映画を学び、唐人街探偵ドラマ版の一部の監督も務めた。そして、『共謀家族』のエグゼクティブプロデューサーは、『唐人街探偵』映画シリーズ監督の陳思誠。主演の肖央は、映画『唐人街探偵』1作目とドラマ版で、バンコクのチャイナタウンにある警察署のコミカルな警官役として登場。映画『唐人街探偵』2作目では、NYで失踪した妹の行方を捜すために渡米し不法滞在移民としてNYで生活している華人を演じた。NYで殺人事件が起こり、冤罪を着せられ、主役の探偵コンビと共に逃げつつ事件の真相究明を試みた。3作目にも、このキャラクターはわずかに出演している。

 

つまり、この『共謀家族』は唐人街探偵チームの映画とも言える。『唐人街探偵』の2作目、NY編が2018年に中国で公開された翌年、2019年に中国で公開されている。

 

ただし、『共謀家族』はサスペンス映画として非常に楽しめる。インド映画のリメイク作品であり、確かに派手に恐ろしいストーリー展開やスピード感、カットそれぞれのシリアスな役者の表情等がインド映画を思わせるが、それがわざとらしいなんてことは全くなく、とにかくキャスティングもハマりすぎている。特に、恐怖の警察署長役のジョアン・チェンが夢に出てきそうなぐらい怖い。なのに、母役としての顔はとても慈愛と不安に満ちていて……。主役家族の母役を務めた谭卓の、硬直し引きつった表情も凄い。

 

ストーリーには、『唐人街探偵』の1作目、バンコク編を観ていた人には引っかかるポイントがいくつかある。

『共謀家族』の主役となる家族の長女(高校生、なんとジョアン・チェンの実娘が演じている)がサマーキャンプ中に男子の同級生から性暴力を受け、男子同級生は行為を撮影した動画をネット公開すると長女を揺する。恐怖に陥った長女は、自宅の倉庫にやってきた男子同級生のスマホを破壊しようと試みるが、もみ合いになった際、誤って殺してしまう。これが、このサスペンス映画の導入である。

 

『唐人街探偵』の1作目バンコク編は、3作品の中で、唯一事件がしっかり解決しておらず、真相はこれ以上暴けない、というところで終わる。(その終わり方が、これまた良かったのだが。)

『唐人街探偵』1作目にも、バンコク在住の女子高校生が登場する。彼女は孤児で、養父に育てられていた。彼女は仲良くしていた男子同級生がいたらしいが、その男子同級生は失踪してしまう。男子同級生の父が、息子の行方を追ってこの女子高校生にたどりつき、まるで私立探偵よろしく行動を監視していたが、女子高校生の養父に変質者と断定され殺されてしまう。この息子の行方や、女子高校生と彼にどのような関係があったのか、最後まで明確にされず、結局観客の想像に任せられるしかなかったのだ。

 

ならば、もしこの『唐人街探偵』バンコク編の裏側に、『共謀家族』の導入のような事件があったのだとすれば……?

 

と、つい考えたくなる。また、『共謀家族』の中には何度か手押しの荷物用リヤカーが登場する。その荷物の中に隠れて監獄を脱出する方法が示唆されたりするのだが、これも、『唐人街探偵』バンコク編の謎解きで最も重要となった真犯人の逃亡方法だった。

 

だとすれば、陳思誠は、やはりインド映画をたくさん観て、脚本のプロットや設定、トリックなどの素材を集めているのかもしれない。陳思誠の監督作の多くが、最後はボリウッド風の俳優エキストラ全員総出のダンスで締められるのも、納得がいく。私はインド映画はまったく知らないが、「現代中国映画にインド映画が与えている影響」のような文章があればぜひ読みたい。もちろん政治関係との対照も含めて(誰かよろしく〜)。

 

"そもそも各国のチャイナタウン(唐人街)を舞台に探偵の活躍を描くという発想は、表現の自由度を高めるためだったようです"と、『唐人街探偵 東京MISSION』のプロダクションノートにはあるが、『共謀家族』の場合は、表現の自由云々以前に、「もうこのストーリーなら、絶対タイでしかありえない」という脚本だった。

そして、タイのお寺で登場人物たちが祈りを捧げるパートは、象徴的で、美しかった。タイの寺と仏教信仰が映されるシーンがなければ、この映画、走りっぱなしで恐怖の連続で息ができなさすぎる。敵対関係になる家族と警察組織、それぞれの策略のあいだに、美しく無垢な信仰のシーンが挟まれる。

 

また、タイの政治派閥の対立状況からヒントを得た展開は面白く、タイ独特のメディアの乱暴さもリアルだった。(タイ現地で見る新聞やニュース番組は、ワイドショーと事件報道の境目を曖昧にしてしまっているようなものもある。)

そしてタイの雨季の湿度や温度が見事に映像からジメジメと伝わってきた。マレーシア出身で台湾で学び、中国で活躍する柯汶利監督の視野の広さに、唸った。それに、国境を超えた協働が映画で行われたこと、希望である。原作をインドに、監督はマレーシア出身、製作国は中国。そして、映画のなかではとある韓国映画がキーとなる。

地理、政治、社会、文化を軽く越境する柯汶利の次回作も見逃したくない。

 

さらに、私が映画館で『共謀家族』を観たのは平日の昼間だったのだが、同じ回をだいたい50名近くの人が観ていた。中国映画にしては、観客が多いと感じた。上映館が少ないせいかもしれないが、インド映画のリメイクである、という点が、中国映画ファン以外にも訴求したのではないだろうか。

 

 

ちなみに、『唐人街探偵』は2作目のNY編が今年中に日本で公開されるらしい。どうして1作目じゃないのか……。単に妻夫木聡が出ているから2作目を公開するということだろう。以前書いたが、この2作目は吃音と同性愛について差別的な表現を含む。同性愛についての描写はとくにひどい。物議を醸すのではないだろうか。

 

そしてそのひどい差別的言動のほとんどが、王宝强扮する唐仁から出てくる、というのも少し気になる。上に書いた『イノセントワールド/天下無賊』では潔癖すぎるほどの無垢な少年を演じ、中国では「田舎出身の素朴で汚れていない善人」を演じることの多かった王宝强が、ほぼ初めて毒舌キャラを演じたのが『唐人街探偵』。俳優のキャラクターとのギャップからくる意外さを、監督である陳思誠は狙ったのだろうけど、それが大問題に発展しはしないだろうか。

もし『唐人街探偵』を観て王宝强が嫌いになったら、映画『盲井』『ミスター・ツリー』『罪の手ざわり』あたりを観てみてほしい。

 

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追記。

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『共謀家族』の柯汶利による『自由人』、2014年に台湾で公開された短編映画。たった5分弱の編集映像だけでもハラハラする。恐怖を誘う音もいい。

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