『オフショア』第二号:全作品のショートレビュー!(編集・発行人の山本より)

オフショアの今後、長い計画について

オフショアという雑誌はどこまで出し続けるかはわかりませんが、今のところ、三段階ぐらいのステップを踏んでいくんだろうなと予測しています。

 

まず第一段階は、選り分けず、整理せず。第一号から第三号ぐらいまでがこの段階にあたるんじゃないかと考えています。まさに、今、ここ。ここで、いろんな原稿に出会い、特に、私が想定していなかったような原稿に出会い読んでいくこと。きっかけの仕掛けをつくっているような感じです。

 

第二段階は、第四号以降の段階を想定していますが、第一段階で出会った原稿をどのように解釈し、どのような思考を取り出していくか。ある種、手当たり次第でもあった第一段階の邂逅を、思考として吸い出していく、取り上げていくような作業になる予定です。

 

第三段階が、第何号以降となるのか未知ですが、第二段階で取り上げてきた思考を、さらに練り上げ、その先の未来も提示しつつ育てていくようなイメージです。まだまだ先のことですが、この第三段階が来るころには、「日本語を使うわたしたちの住むこの地域(国家という単位が嫌いなので遠回りして言っていますが、つまりは日本国)の社会や政治がもうちょっと良くなってたらいいな」と、スケールのでかいことも考えています。

 

ざっくりと、こんなふうにオフショアの三段階を描いています。

 

さて、では今年3月下旬に出た『オフショア』第二号について紹介していきたいと思います。

 

『オフショア』第二号のご紹介

オフショア第二号

オフショア第二号。イラストは、沖縄でteaなどのバンドでも活躍する仲村喜人さんが描いたガジュマル。どこのガジュマルかわかりますか? わかった人はすごい!
(私はこの近くに4年住んでいながら、ここに巨大なガジュマルがあることを知りませんでした……)

オフショア第二号  | オフショア

 

第一段階は、先にも述べた通り手当たり次第に整理せず、てんでんばらばらに原稿を掲載していくことをこころがけています。普通、雑誌といえば編集者の意志により巻頭から巻末に向かってまとめあげていくことが醍醐味だと思いますが、実は、我慢することを自分に課しています。どれだけ「自分の意志を介在させないぞ!」と思っていても、人がつくるものは勝手にその人のテイストになってしまうものなので、ここでは、できるだけ自分を主張させず、『オフショア』という雑誌を器として、いろんな執筆者さんに使ってもらうようなイメージ。

 

『オフショア』第二号・全作品ショートレビュー

他者に器として使ってもらう方法のひとつとして、『オフショア』は広く執筆者を募集しています。いつでも、「こんな文章を構想しているのだけれど寄稿できないだろうか」というご相談を受け付けています。3月に発売した第二号において、手を挙げて来てくださったのは、“昔南京にいた女”さんと、渡邊順祐さん。

 

 

昔南京にいた女「どうして私はチベットのお寺で泣いてしまったんですか――京都を照明具に考える伝統と信仰」

Twitterでもフォロワー数の多い人気アカウントである昔南京にいた女さんが、過去のチベット旅行をきっかけに考察したエッセイ。前半、Twitterでも見せているような快活さで、貪欲に好奇心をもってガツガツとチベットに乗り込んでいくスピード感。しかし、だんだんチベットにおける信仰の深部に触れていくにつれ、昔南京にいた女さんは立ち止まることを余儀なくされ、自己の内面への考察に向かいます。宗教、信仰、文化、そして伝統とは何か――。また、無責任さも内包する「観光」という行為と調査する際に行われる「フィールドワーク」という行為の対称性と類似性を示唆しつつ、そのうえで、「同じではないアジア」を提示してくれています。

 

渡邊順祐「香港情景――子育てする移民:もと駐在員の香港生活記」

Covid-19のパンデミックまっただなかに香港で第一子を育てながら駐在員をすることとなった執筆者・渡邊さんによる振り返りのエッセイ。香港駐在中に妻が妊娠。家族における第一子。コロナが流行し、日本に帰国することができない。頼れる親族は日本にしかいないが、否応なく、そのまま香港で出産し子育てに挑む――。考えただけでもハラハラする状況を、楽しく、かつ深刻に、振り返ってくださっています。このエッセイの全体において主人公となるのは、実は渡邊さんご家族以外にもおり、私としてはその存在こそが主体のエッセイだと思っています。主人公は、渡邊さんご家族と同じく「移民」として香港に住む、無数の「アマさん」(=香港に暮らす出稼ぎの家事労働者である女性)たち。渡邊さんご家族はアマさんを雇っていなかったのですが、こんなにたくさんのアマさんが、渡邊さんのご子息の前に颯爽と登場し、渡邊さんご夫妻に手を差し伸べて、潔く去っていく……! アマさんのカッコ良さに驚くと共に、あの香港の人口密度の高さ、上空に伸びるビルが林立する街の様子、高い湿度と熱気もにじみでるエッセイです。ゴールデンウィークがあけて昨日、コロナがついに「インフルエンザと同じ扱い」になりましたが、数年後にこのエッセイを読み返せば、どんな感触になるんだろうか……。編集・発行人としては、寝かして醸造させるのが楽しみな文章です。

 

連載作品

和田敬 連載・台湾における市民による地下メディア実践と民主化との関係 第二回「一九九〇年代の台湾の地下ラジオ運動を軸として――民主化の土台をつくった「党外雑誌」」

前号では主に台湾の地下メディアである地下ラジオ実践の存在を示したイントロダクションでしたが、第二号では、その起源に迫ります。台湾で勃興した地下ラジオの起源は、なんと、まずは雑誌にあったということ。自由な言論を望む人たちによって、どんどんと雑誌が立ち上げられていく、戒厳令下の台湾。しかも、その発行人や編集人たちが、特に知識人や思想家、学者などのいわゆるインテリに絞られているのではなく、多種多様なバックグラウンドを持つ人たちがそれぞれに行動していったということに驚きました。また、『オフショア』という雑誌の中に、メタ的に台湾の「党外雑誌」が紹介されるという……。編集・発行人としては、今後の『オフショア』の展開についてヒントをもらえたような論考でした。さて、私は独立雑誌という独立メディアにおいて、どこまで政治に近づくだろうか――。

 

檀上遼 聞き書き「火鍋屋の大門さん」

前号でも書いていただいた檀上遼さんによる、日本国内に住みながら外国にルーツをもつ人たちへのインタビューに基づいた聞き書き。中国残留孤児3世である大門さんの生活、子供の頃の記憶、学校で起こっていたことなどについて語られています。ここに特に中国残留孤児というものが何であったのか、まとめたり、何かおおきなテーマに収斂してしまうようなものではなく、淡々と、バラバラに、大門さんの話を引き出していくことで、大門さんの人柄が見えてきます。さらに、天真爛漫でおおらかで大胆で「悩まない」と豪語する大門さんの性格と、ほぼその対極でにある聞き手・檀上さんのコントラストが絶妙な作品です。

 

次に、編集・発行人である私から依頼した作品を2つ紹介します。

 

依田那美紀による批評「すれ違いながら、手をつなぐ ――「シルクロード ・サンドストーム」をめぐる女同士の関係」

前号に掲載した、紅坂紫「シルクロード・サンドストーム」を受けて、雑誌『生活の批評誌』の編集長でもある依田さんに評をお願いしました。「すれ違いながら、手をつなぐ」というタイトルにあるように、依田さんは「シルクロード・サンドストーム」が軽々しく「連帯」をしてしまわない作品であるということを、提示します。原作は短編作品であるにもかかわらず、たくさんのギミックや比喩、情報量が詰め込まれています。それらを細かく読み解き明かしていく手腕。そして、最後には熱田敬子による論考を参考にしながら、侵略国家であった日本にいる女性たちが支配を受けていたアジア地域の女性たちとつながるときの注意点についても示唆します。ぜひ、第一号の「シルクロード・サンドストーム」と行き来しながら読んでいただきたい批評です。

 

石田みどり「マオイストの村、そこで暮らす父」

こちらは、編集・発行人である私・山本が、友人である石田みどりさんに依頼して書いていただいたエッセイ文です。関西で在日朝鮮韓国人への支援活動に関わってきたり、関西に住む外国籍の子供たちへの支援活動、JICAから派遣されてキスムで犯罪をおかした青少年の更生プログラムに関わったりと、かなり濃い体験をされてきた石田みどりさんが、自身のご家族のことを書いてくれました。タイトル通り、ネパールの「マオイストの村」と称される僻地に暮らす、父の話。『地球の歩き方』などの旅行ガイドでは、アジア地域において「ここはマオイストの拠点なので」等の記述があれば、だいたいそのあとに続くのは「武装勢力がいて危ないから近づくべからず」といった旨の忠告です。私も、20代中頃、アジアをバックパッカーよろしく放浪していた未だノンポリだったあの時期、「マオイストには近づくべからず」の意味を深く考えることもなく守るべきルールとして頭に常に置いておりました……。戦後も知らず、安保闘争もしらない世代以降にとって、共産主義的なるものが忌避される傾向にあると私は感じています。時には共産主義=中国、と勘違いしている人もいるし、「中国(国家)的なものは全て悪」と考えていそうな人もいます。今、タイムリーな「人民」についての話題なんかをみてるとそう思います。

とはいえ、石田みどりさんの視点は、父に寄り添うわけでもなければ、マオイストを賛美するわけでもありません。家族関係というごく私的でミクロな視点と、国家や紛争、イデオロギーの違いなどのマクロな視点、この両方の視点を混在させながら、ひとりの個人の感覚をひとつのエッセイに落とし込んでくださったような気がします。とにかく、答えの出ないことに私たちは囲まれている。それを感じ取っていただける、素敵なエッセイです。

 

後藤哲也インタビュー「グローバル時代における韓国・東アジアのグラフィックデザイン――かすかに残る匂いや誤訳」

『オフショア』には、毎号インタビューを掲載していく予定です。

第二号では、作家ではなくデザイナーであり、しかも、実際に手を動かすよりも今は大学でデザインについて教えたり、東アジアのデザインを取材する活動をメインにされている、旧知の後藤哲也さんにお話を聞きました。後藤哲也さんは、2022年終わりに『K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在』をグラフィック社から上梓されました。この書籍のメインは韓国で活動するグラフィックデザイナーたちへの取材記事で成り立っていますが、いくつか後藤さんのコラムもあいだに挟まれています。『オフショア』第二号で掲載したこの後藤哲也さんインタビューを読んでいただくと、後藤さんがコラムに書かれたことの動機も含めてより理解していただけるのではないかと思います。

インタビュー序文にも記した通り、私と後藤さんは、たまたま同時期から、東アジアのそれぞれの専門分野を取材しています。ただし、後藤さんが軸にしているものは「デザイン」であり、それはあくまでも西洋からやってきた概念です。では、東アジアのなかでも特に韓国において、西洋からやってきたデザインにどのような反応が起こっているか――あるいは、デザイナーたちはどのような反応を起こしにかかっているのか――。グローバル化していくあらゆる文化事象を考えるときのヒントにもしていただけたらと思います。

 

 

最後に、編集・発行人である私が書いたものを。

 

顔峻「時間が龐麦郎(パンマイラン)への答えである」/山本佳奈子による解説「音楽は農民工・龐麦郎(パンマイラン)を救えるか」

 

私の友人でもあり、中国では実験音楽や即興音楽、ノイズ音楽等のパイオニアともされる顔峻。

(これまでヤン・ジュンと表記されることが多かったですが、よく考えれば、彼の姓である「顔」の正式な発音はヤンよりイェンのほうが近い。また、ノーベル賞作家の莫言の「言」と「顔」は同じ発音で、莫言はモー・イェンと表記されます。というわけで、勝手ながら、彼の名前におけるカナ表記をこれまでの慣例から変えてみました。)

顔峻は、2000年ごろから音楽を自ら演奏することを始めるのですが、その前は詩人であり音楽批評家でした。現在も、エッセイを中心にたくさんの文章を書いています。彼の文章は非常に特殊なのですが、世の中のさまざまなことに白黒つけたりすることを非常に嫌っている、というのは断言できると思います。そして、一文一文はシンプルだけれども、全体を通して見たとき、かなりゴチャッとしているというか人間臭さが出てくる印象があります。それは、彼が整理整頓された無機質な状態を嫌うからなのではないか、と私は予測していますが、まだ本人とそういう話をしたことはありません。私が過去にインタビューしたときには、こんなことを言っています。

 

自分の昔の書き方はいつもはっきりと断言してたり、戦ってた。「私は◯◯を信じる」とか、「私は◯◯に対して反抗する」とか。でも、今の俺は何も信じてないし「私は◯◯を信じる」って書けない。

Yan Junの過去と変化:Yan Junインタビュー | オフショア

 

この文章は昨今の顔峻の文章においては異例だったと思います。音楽批評をやめたことを公言している彼が、自主的に、中国におけるとある音楽について批評的な視点を含んだ文章を書いたからです。しかも結構、顔峻による断言や、他者への警鐘のような文が盛り込まれています。ここで書かれていることは歌手である龐麦郎のことなのですが、龐麦郎とは「アウトサイダーアーティストかもしれない」ともいわれていた、ちょっと「普通じゃない」歌手。ネットから生まれて超有名になった若者なのですが、多くの問題や揉め事を起こしてもいます。けれど、彼の中心には音楽がある。けれど、大衆は彼を否定し批判する。顔峻は、この現象を人間の業や欲の観点から捉えて、龐麦郎を擁護するでもなく大衆を批判するでもなく、遥かに遠くからこの現象を捉えて、情熱を抑え切ったうえで、至極冷静に、淡々と、記しています。けれど、その距離感と冷静さが、余計に情熱を感じさせる気もするのです……。

2020年前後に起こった中国のネット上における現象を(まったく日本では知られることのなかった現象です)、紙の雑誌で残しておくことの大切さも感じ、私が翻訳し、解説文を付しました。

 

以上、長くなりましたが『オフショア』第二号、各作品のレビューでした。実はすでに残りが400部を切っております。第一号に引き続き、好評いただいております。

あと、海外にお住まいの方でしたら、電子書籍でご覧いただくことも可能です。

ご購入はぜひ全国の書店さんで。こちらに取り扱い書店リストがあります。

 

offshore-mcc.net

 

 

また、引き続き書き手も募集中。何か文章や言葉の作品で、アジアにかかわるものを書きたい方。「こんなアイディアは実現できないだろうか?」というご相談、いつでもお待ちしております。