これまでに公的支援を受けたポピュラー音楽事業を調べてみる

曲がりなりにも私は過去に、行政と民間文化事業者のあいだに立ち、中間支援をする組織に在籍していた。(過去記事「ポピュラー音楽と公的助成」 参照のこと。)ポピュラー音楽に対しての支援にも関わっていた。しかし大多数の人が認識するように、ポピュラー音楽には公的支援がなかなかそぐわないことが多い。行政や助成金を出した機関は「非営利」を求めてくるからなかなか音源を売ることができなかったりするが、ポピュラー音楽の世界では音源は「商品化」して流通させないと認知度が上がらない。

 

Covid-19の出現以降、過去の葛藤や考えたことを思い出すことが多い。ポピュラー音楽側からも「われわれも文化を担っているのだから支援を」という声を多く聞くし、「公的文化助成が誰に渡っているのか不透明だしいつも同じ人や団体が助成を受けているのではないか」という意見も目にしたことがある。この記事ではイギリスの助成金事業を視察したジェイ・コウガミ氏がこう書いている。

 

国や環境は違うにせよ、常に文化助成金の運用や文化支援がブラックボックスな日本の行政や業界とは、課題解決方法や枠組みの在り方、考え方に大きな違いを感じてしまった。

 

 

 


中間支援組織に在籍していた頃は、年度末の各助成事業報告会は多くの市民に公開し、まだ助成金という制度に挑戦してきていない分野の人たちにどのように助成制度を広報するか、など、とにかく門戸を開くことに奔走してきた。(当時の同僚、みんながそうだったと思うし、沖縄が特別だったわけではなく、多くの財団や自治体で同じような努力をしているはずだ。)また、より高度な事業を目指すために文化庁国際交流基金の助成を受けたいと言う事業者には、文化庁国際交流基金のウェブサイト内を探索し、過去に似たような助成実績がないかどうかを調べてから、アドバイスしたりするようにしていた。ネットで調べるとわかることが多く(もちろんリンク切れや所管課違いにより迷子になることはあるのだが)、この国の文化行政にブラックボックスを探すことのほうが難しいと思っていた。

 

が、ポピュラー音楽"産業"の側にいる人たちにとって"ブラックボックス"に見えてしまうことも見当がつく。音楽産業の中がどうなっているのか、他分野の人にとってはよくわからないのと同じように、助成制度の仕組みや国および地方自治体の文化行政については、過去に助成金と関わった人や関わる予定である人以外には見えていないという状況なのかもしれない。

 

そういった状況を鑑みると、世はまだまだ「ポピュラー音楽に対してどうして公的支援が必要なのか/不要なのか」を、議論するもっと前の段階にあるのではないのではないだろうか。これまでまったく相容れなかったポピュラー音楽と文化行政が、やっと出会ったところなのだ、と、私は理解する。

 

しかしながら実は、「ポピュラー音楽にはこれまでまともな公的支援はされてこなかった」というのも間違いである。公的支援を受けてきたポピュラー音楽に関わる事業は、少ないがある。そこで、これまで公的支援をうけたポピュラー音楽を主体とする事業のリストを作っておきたいと思う。

 

ポピュラー音楽産業のなかにいる人にとっては、ざっくりとした公的支援制度の紹介として読めるようにも構成した。今後の助成金獲得の検討のためにも、ぜひ読んでいただきたい。思いの外、とても長くなってしまった。

 

ここでいうポピュラー音楽とは何か

まずこの文章の中で書く「ポピュラー音楽」の定義をしておきたい。もちろんクラシック西洋音楽ではなく、伝統音楽でもなく、ポピュラー=大衆の音楽とする。民俗音楽や芸術音楽とは違って、録音物を商品化し流通させる。商品化し大量に販売するため、産業という位置付けをされることもあるが、確実に文化にもまたがっている。"文化"ではなく"産業"としての音楽に対する助成については最後部で触れる。

 

おおまかなジャンルで言えば、ジャズ、ロック、ポップス、クラブ・ミュージック等になる。しかしながら、以下のリストアップ作業では、ジャズについては省きたい。理由は、国内には多くのジャズフェスやジャズオーケストラがあり、そういった団体が公的資金による支援を受けてこれまで活動していることは多くの人がすでに知っているからである。(それも知らなかった、という方は、この記事の「芸術文化振興基金によるポピュラー音楽への支援」を参照してほしい。)

 

 

ここでいう公的支援とは何か


民間の文化振興財団などではなく私たちの税金を財源とする公益財団法人や地方自治体、独立行政法人および文化庁からの助成金支援を公的支援と捉えることにする。民間企業による基金や民間財団の支援についてはこの記事で取り上げない。Covid-19以降の各省庁や各地方自治体からの緊急文化支援策では、事業内容の審査を飛ばし書類に不備がなければ支援決定を下す方式が多く採用されている。しかしここでは、Covid-19以前つまり平常時の支援状況に焦点を当て、事業内容の審査があるものを挙げる。

 

そのなかでも、国の文化予算から直接出資される文化庁による助成事業を最初に取り上げる。続いて文科省の所管である独立行政法人日本芸術文化振興会による芸術文化振興基金を取り上げる。3番目に、同じ独立行政法人で外務省所管の国際交流基金について取り上げ、4番目に各地方自治体による助成事業を取り上げる。

 

また、まずは情報の精度よりも広く見渡してみることのほうが重要だと思ったため、それぞれの公的支援事例の年度は揃えなかった。事業の予算規模や助成金総額もバラバラである。

 

なお、文中に「助成」と「補助」の二語が混在しているが、各財団や機関、自治体における事業の呼称や記載を採用することとする。

 

 

文化庁によるポピュラー音楽への支援

文化庁は多岐にわたる助成事業を行っており、情報が膨大であるためすべてを調べきれていないが、ポピュラー音楽を活動の中心に据えた団体が事業主体となった事例は見つけることができなかった。少なくとも、この3、4年で事例はない。しかし、文化庁には「文化芸術創造拠点形成事業」という補助事業があり、こちらを見ると、間接的なポピュラー音楽への支援はしていると言えるかもしれない。

 

文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

https://www.chiikiglocal.go.jp/

 

事業の目的
2020東京大会とその後を見据え、地方公共団体が主体となって取り組む文化芸術事業を支援することにより、地方公共団体の文化事業の企画・実施能力を全国規模で向上させるとともに、多様で特色ある文化芸術の振興を図り、ひいては地域の活性化に寄与することを目的とします。


補助事業者
地方公共団体都道府県、市町村(特別区、一部事務組合及び広域連合を含む。))

 

 

 


地域のアートフェスやまちづくりイベントなどに活用されている支援事業である。これに申請できるのは地方自治体あるいは地方公共団体のみである。民間の株式会社が申請することはできない。ポピュラー音楽の例でわかりやすいものとして石巻市と神戸市を取り上げる。

 

・Reborn-Art Festival 2019(石巻市が申請。5,520万円)

https://www.reborn-art-fes.jp/#outline

ポピュラー音楽関連の参加者:小林武史、青葉市子など
共同主催:Reborn-Art Festival 実行委員会、一般社団法人APバンク

 

・078(ゼロ・ナナ・ハチ)「音楽・映画・IT等の地域文化資源を活用した、クロスメディアイベントによる地域活性化と文化振興事業」(神戸市が申請。938万円)

https://2017.078kobe.jp/


ポピュラー音楽関連の参加者:石野卓球tofubeatsZIGGY、Glen Matlock(Sex Pistols)など
主催:078実行委員会

 

 

石巻市、神戸市とも、それぞれ実行委員会を組織して主催している。各イベントのウェブサイトを見ると、他にも多くの協賛企業を集めており、文化庁からの補助金のみを予算源としていないことは明白である。また、文化庁による事業では補助対象経費と補助対象外経費が明確に分けられており、ときにギャラの高い出演者の出演料を支払う際に、文化庁支援の補助金では認められないことがある。よって、上記「Reborn-Art Festival 2019」や「078(ゼロ・ナナ・ハチ)」が、イベント内におけるポピュラー音楽の予算を、文化庁からの補助金で賄ったかどうかはわからない。文化庁からの補助金は運営予算や他同時開催の美術展、カンファレンスなどの予算に当てられ、ポピュラー音楽に関わる支出は民間からの協賛金を当てている可能性もある。

 

参考:令和2年度文化芸術振興費補助金 文化芸術創造拠点形成事業【二次募集】募集案内

 

また、文化庁による助成事業で代表的なものに「新進芸術家海外研修制度」というものがあり、これは個人で海外にて師事したり研修したりする者への助成制度である。器楽や声楽、バレエ、舞台技術や映画関連で研修に行く者が多いが、ジャズ分野での研修はちらほら見られる。こちらも、ウェブサイトに過去の実績がすべて掲載されている。

 

参考:文化庁 新進芸術家の海外研修

 

 

 

少しそれるが、文化庁ウェブサイトから見ることのできる国の文化に対する基本姿勢も確認しておきたい。

 

まずは国の法律として、文化芸術基本法がある。

 

第八条 国は,文学,音楽,美術,写真,演劇,舞踊その他の芸術(次条に規定するメディア芸術を除く。)の振興を図るため,これらの芸術の公演,展示等への支援,これらの芸術の制作等に係る物品の保存への支援,これらの芸術に係る知識及び技能の継承への支援,芸術祭等の開催その他の必要な施策を講ずるものとする。


第8条を上記に引用したが、「音楽」との表記はあるが、この音楽には「民俗音楽なのか、芸術音楽なのか、ポピュラー音楽なのか」の表記がないので、音楽全般を含むと捉えられる。

 

また、2001年から概ね5年ごとに見直されている、文化芸術推進基本計画を見てみる。

 

文化芸術推進基本計画-文化芸術の「多様な価値」を活かして,未来をつくる-(第1期)(平成30年3月6日閣議決定) 

 

こちらにも、音楽はざっくりとした「音楽」としての記述しかない。ちなみに、基本計画は約5年ごとに刷新される。この計画をもとに、現在の助成事業が設計され実施されている。文化庁からの助成事業で、クラシック音楽や伝統音楽などの団体が助成金を獲得しているのは「戦略的芸術文化創造推進事業」である。これは目的を

 

本事業は,国が我が国における芸術文化の振興における課題を示し,それを解決するための取組を公募,実施することにより,我が国の芸術水準の向上と鑑賞機会の充実を図ることを目的としております。

 


とし、補助事業者は法人格をもった団体(平成29年度募集から)としている。上記リンク先から過去の採択一覧や募集資料を見ることができるが、応募書類には団体の計画を細密に書かなければならない。5カ年計画、今年度の詳細な計画と目標およ効果(加えてその効果の検証方法)、国の委託事業(主催事業)として実施する意義(※文化庁からの補助を受けるということは国から委託を受けるという意味になる)、応募事業を実施するにあたっての実績・ノウハウ等。事業のネーミングはずばりそのままで、「戦略的に」課題を解決する事業であることが求められる。採択一覧を眺めていると、伝統と現代のコラボレーション、異分野コラボレーション、福祉に関わる文化事業などが多い。

 

また、上記に取り上げた国の法律「文化芸術基本法」や国の文化戦略「文化芸術推進基本計画」は、各地方自治体の文化条例や文化行政に影響を与える。基本を押さえるために一読しておいて損はない。

 

 

芸術文化振興基金によるポピュラー音楽への支援

ビッグバンドやジャズフェスへの支援は助成実績から確認することができる。

 

 

www.ntj.jac.go.jp


「文化芸術振興費補助金」は文化庁からの予算で、「芸術文化振興基金」は日本芸術文化振興会の運用益によるものである。どちらにおいても、ジャズイベントやジャズ団体は助成を受けているが、ジャズ以外のポピュラー音楽は見当たらない。しかしながらクラシック音楽団体や現代音楽の事業バリエーションは豊かで、演劇に関しても新進気鋭の小劇場からベテランのカンパニーまで、多くが助成を受けている。この助成実績を眺めていて、特段、ポピュラー音楽だけが差別を受けているようには感じない。そもそも、ポピュラー音楽分野からの申請がないのではないだろうか?と、疑問を持つ。

 

国際交流基金によるポピュラー音楽への支援

独立行政法人国際交流基金は外務省所管の国際文化交流を実施する機関である。文化芸術交流、日本語教育、日本研究・知的交流の3つの事業を軸としており、内容は研究調査から公演助成、出版、日本語教育など多岐にわたる。

 

大型の会議やセレモニーで国際交流基金が実施するショウでは、森山直太朗久保田利伸、MISIAなどが起用されているが、この記事の着目するところは広く市民に公募という形で開かれた助成事業である。バンド音楽などポピュラー音楽へも助成されている「文化芸術交流」のなかから「海外派遣助成」について過去2年の助成実績を見てみたい。

 

2019年

・民謡クルセイダーズ(音楽)コロンビア公演
石橋英子バンド(音楽)欧州公演
・GOAT and YPY(音楽)欧州公演・ワークショップ  他

 

2018年

・オーサカ=モノレール(音楽)オーストラリア公演
・スガダイロー他(音楽:ジャズ)アジア公演・ワークショップ
・ 空間現代(音楽)米国公演
幾何学模様(音楽:ロック)欧州公演
あふりらんぽ(音楽)カナダ公演   他

 

なお、「海外派遣助成」については「舞台芸術」枠の助成に関して以下のように説明がある。

 

舞台芸術(音楽、演劇、舞踊など)
歌舞伎、文楽、能・狂言、日本舞踊といった古典芸能から邦楽や民謡、またジャズ、クラシック、現代舞踊、現代演劇など、さまざまな日本の舞台芸術を紹介するとともに、国際共同制作も手がけています。
また海外公演を行う団体・アーティストへの支援・助成、日本の舞台芸術情報ウェブサイトの運営などの情報発信・人物交流に取り組んでいます。


1年ほど前から計画しなければならないが(申請時期が限られていることや、申請時には海外での公演受け入れ先からの招聘状も提出しなければならない)、ポピュラー音楽ではかなり浸透している助成事業かと思う。無論、海外公演のチケットが余裕で売り切れ、経費を十分まかなえるということなら、国際交流基金の支援を求める必要はない。

 

また、国際交流基金はその名の通り、国際交流のための機関なので、海外の団体や個人との交流を含まない事業は助成対象ではない。

 

公募枠ではないが主催事業や協力事業では、かなり"ポピュラー"な事業も行なっている。その例をいくつか挙げておく。

 

DANCE DANCE ASIA

国際交流基金ASEAN諸国との交流事業を主に担う「アジアセンター」が、株式会社パルコと共同で主催・企画。ストリートダンスを主軸に様々な創作、イベント、共同制作などを行なっている。

 

Imaginary Line

国際交流基金アジアセンター主催によるプロジェクト。tomadをプログラムディレクターに迎え、ASEAN諸国を拠点に活動するトラックメイカーやサウンドアーティスト、音楽プロデューサー、DJ、ラッパー、映像制作チームなどが参加し、国境を超えた共同制作を行なった。プロジェクトの最終年度にはCircus Tokyoにてライブも開催した。

 

 

地方自治体によるポピュラー音楽への支援

こちらに関しては47都道府県に加え各市町村を含めると膨大な数になる。自分の知見をベースに、ポピュラー音楽に公的支援がなされている例を抽出した。各地方自治体が出資した公益財団法人による支援例も、地方自治体からの支援とみなすことにする。

 

アーツカウンシル東京

「アーツカウンシル」という仕組みに関しては前掲の記事も参考にしていただきたい。アーツカウンシル東京は(公財)東京都歴史文化財団のなかの組織であり、その事業規模から、東京都の文化行政を担っていると言っても過言ではない。事業は「芸術文化支援」「芸術文化創造・発信」「人材育成」「国際ネットワーク」「企画戦略」の5つに分かれ、「芸術文化支援」が都民から広く助成申請を募集する事業となる。この「芸術文化支援」において、これまで助成を受けた、ポピュラー音楽に関わる事業をいくつか挙げる。なお、ウェブサイト内の「助成対象事業検索」が非常に便利で、これまでの先行事業や同分野の事業を簡単に調べることができる。

 

国内公演に対する助成

空間現代 collaborations(平成27年度) 他


海外公演に対する助成
サンガツ 中国ツアー 公演&ワークショップ(平成29年度)

ROVO and System 7「フェニックス・ライジング」ヨーロッパツアー2014(平成25年度) 他多数

 

福岡県 国際政策課 ジアンビート推進費

福岡県は、「アジアンビート」というウェブサイトの運営に県の予算を出し、まんが、アニメ、ファッション、ポップミュージックなどの若者文化をアジアに向けて多言語で発信しアジア地域との交流を図っている。文化課ではなく国際政策課からの支出であるが、ポピュラー音楽を地方自治体が後押ししているわかりやすい例である。アジアンビートでは、若いアーティストなどへのインタビュー記事も読める。なお、令和元年度のアジアンビート推進費予算は約760万円となっている。(※福岡県ウェブサイト内、令和元年度予算より「令和元年度当初予算の編成概要(一括掲載版)」を参照した。)

 

■(公財)福岡市文化芸術振興財団「FFACステップアップ助成プログラム」

福岡市内の文化芸術活動を行う団体・個人に対しての助成制度。"専門アドバイザーによる助言、フォローアップによる支援"もあり、募集ジャンルは音楽を含む。福岡市で昨今毎年開催されているASIAN PICKSは、アジアのポピュラー音楽シーンと福岡市を結ぶカンファレンスやショウケースからなる大きなイベント。「FFACステップアップ助成プログラム」はASIAN PICKSにも助成している。しかしながら募集チラシを見てみると、最大で30万円の助成となり非常に少額の助成プログラムである。ASIAN PICKSのウェブサイトからは、他の民間企業協賛やパートナーから資金調達をしていることが見てとれる。

 

 

沖縄アーツカウンシル

(公財)沖縄県文化振興会が沖縄県から業務委託を受けて実施する補助事業。補助金事業の支援のみならず、広く市民に開いたカンファレンスやワークショップ、補助金助成金に関する相談会なども開催している。現在は沖縄県文化政策を元に「沖縄文化芸術を支える環境形成推進事業」を5カ年で実施、その前は「沖縄文化活性化・創造発信支援事業」を実施しており、長きにわたってポピュラー音楽に対する支援をしてきている。前項福岡市助成によるASIAN PICKSと同様、株式会社クランク(桜坂劇場運営会社)が『Music from Okinawa』という事業を立ち上げ、沖縄から世界へ音楽を発信し、アジア内での音楽ネットワークを形成し、また国内の音楽関係者も積極的に招聘しカンファレンスやショウケースを開催している。なお、直近2年間の報告書は沖縄アーツカウンシルのウェブサイトからPDF版で読むことができる

 

 

沖縄市経済文化部 文化芸能課

紫やコンディション・グリーンのお膝元であるコザは「音楽の街」や「ロックタウン」と呼ばれ、沖縄市によるポピュラー音楽を主体とした観光客誘客事業やまちづくり事業が多々行われてきた。ロック音楽でまちづくりを狙う沖縄市は、「音楽によるまちづくり推進事業」を複数年度にわたって実施している。補助上限は100万円で事業予算の4分の3以内となっている。なお、これまでの補助実績などについては沖縄市のウェブサイトで見つけることができなかったが、事業詳細や補助の流れについてはこちらのPDFが詳しい

 

 

以上、5つの地方公共団体によるポピュラー音楽への支援事例を見た。アーツカウンシル東京は、やはり首都東京の特殊さが現れている。例に挙げた空間現代 collaborations(平成27年度)のように、"ポピュラー音楽における実験的で先進的な試み"にも助成されることが明確である。しかしながら、他の福岡や沖縄県・市の例では、地域の文化芸術を海外に発信し国際交流すること、もしくは、地域の魅力創出のためのまちづくり事業、概ねこの2つに分けられる。

 

 

まとめ-「国際交流」か「まちづくり」の二択の現状

以上、文化庁から地方自治体まで、ポピュラー音楽に対してこの数年で助成された実績例を見てきた。上記「各地方自治体によるポピュラー音楽への支援」では最後に概ね2つの傾向があることを書いた。ひとつは、海外に発信し国際交流する事業であること。もうひとつは、地域の魅力創出のためのまちづくり事業であること。前者は、国際交流基金の事例と共通し、後者は文化庁による「文化芸術創造拠点形成事業」と共通する。要は、現状では、ポピュラー音楽でなんらかの支援を得るには、「国際交流を掲げる」か、「まちづくりを掲げる」ことが早道なのではないか、という提案である。

 

ちなみに、経済産業省ではJ-LOD(コンテンツグローバル需要創出促進・基盤整備事業費補助金)という名前の補助事業を実施しており(※2015年までJ-LOPという名称で同様の補助事業が実施されていた)、こちらでは非常に多くのポピュラー音楽に関わる補助実績がある。(株)バッドニュースによる「日本のロックバンドによる上海・台北ライブ」や、(一社)Independent Music Coalition Japanによる「海外音楽配信サービスへの日本のレコード音源の展開」などが採択されている。

 

文化予算と違い、こちらは経産省の予算となる。つまりは、「市場の貨幣経済だけでは収支が成り立たないが市民に必要とされる文化事業」ではなく、「今後市場を開拓していくための文化"産業"事業」であることが前提である。文化と産業が国の所管省でしっかり区切られている。

 

 

番外編・大阪市立芸術創造館

今回この記事を書くにあたって、いくつかの書籍や、ネット上でフリーで読める論文を参考にさせていただいた。最後部に参考文献を記載している。そのなかのひとつで、吉澤響は大阪市立芸術創造館の運営を「ロック・ポップスバンドに対する公的支援」と述べており、非常に興味深いと思った。筆者は大阪市在住で、もちろん大阪市立芸術創造館がどのような施設かは理解しているが、それが「ロック・ポップスバンドに対する公的支援」をしていると捉えたことがなかったからである。

 

関西ではスタジオ246やベースオントップなどの音楽スタジオが、バンドに多く使用されている。しかし、大阪市立芸術創造館は、公立ながら同様の音楽スタジオと、さらにレコーディングスタジオもある。そして、公立であるがため非常に安価で借りることができる。確かに、公立施設が安価なサービスを提供するということも、市民への公的支援の一つと言える。

 


大阪市立芸術創造館 

https://www.artcomplex.net/art-space/

 

ウェブサイトを見てみると"大阪市立芸術創造館は、練習室とホールを兼ね備えたインキュベーションセンターです。"と書かれている。大阪市が今後の文化行政の戦略と方針を決めた「第2次大阪市文化振興計画(平成28年10月策定、2020年度までを計画期間とする)」では、大阪市が市民に対して行う文化施策3つのうち「文化創造の基盤づくり」おいて以下のように芸術創造館の位置を決めている。(文化振興計画全体はこちらのリンクで読める。

 

③芸術家等が活動に取り組みやすい環境の整備

舞台芸術活動の拠点施設として、また、演劇・音楽のインキュベーションセンターとして位置づけられている芸術創造館においてこれから活躍が期待される演劇団体の誘致等をはじめ、様々なアーティストが大阪を拠点とし、安定して活動できるような環境づくりを推進するにあたって、⺠間との連携や情報提供等を⾏っていきます。


吉澤は「この利用料金は、大阪市民であっても、そうでなくても同じ額であり、もちろん使える設備や機材も同じである」と指摘している。しかしながら、例えば京都市による「京都市芸術振興賞 京都市芸術新人賞」も、京都市民に限定せず "市民又は本市に縁故の深い方" に賞が贈られる。これはまさしく京都市の粋なブランディングである。その地域に住む住民が地域アイデンティティとして地域文化を誇りに思うことも文化事業実施による効果のひとつとして捉えられる。住民に限定せずより広く開くことで、より価値が上がる、という考え方なのだ。大阪市民である私は、確かに、芸術創造館の安価料金が市外在住者にも開かれていることは誇れることだ、と考える。

 

事実、大阪の演劇活動が活発なのは、大阪市立芸術創造館がある効果がじわじわと出てきているのかもしれない。しかし、大阪のバンド音楽が盛んかというと、そうでもない。演劇より少ない人数で完結し、公演全体のクリエイションではなく曲ごとの練習に重きがあるバンド音楽は、練習よりも演奏発表することにモチベーションが偏っていることなども原因のひとつかもしれない。

 

最後に - 疑問:ポピュラー音楽からの申請が単に少ないのでは?

数日間でこの記事をまとめながら何度も感じたのは、やはりこれまで圧倒的にポピュラー音楽からの公的助成事業への挑戦が少なかったのではないだろうか。それぞれの助成事業の応募要領を見ていると、ポピュラー音楽を排除しているものはない。クラシック音楽や伝統音楽が採択されているが、事業タイトルや概要を見るに、それらは「音楽の内容により」採択されているのではなく、「事業の内容(つまりどんな社会課題を解決するか)」で採択されていることは明らかである。

 

公的支援の情報に、ポピュラー音楽側の人たちがリーチできていない可能性がある。まずはポピュラー音楽に携わる人で公的支援を得ることを考えている人は、上記リンクを参考に各助成事業の特徴を観察してみてほしい。そして、助成申請にトライしてみてはいかがだろう。助成申請書類を出すだけでも各省庁や機関へニーズのアピールになるかもしれないし、また、自分たちの計画を書類に書くだけで、客観的に活動を俯瞰することができる。

 

当たり前だが、「売れたい」ためであれば公的支援を得る必要はない。市場経済でがんばるべきである。しかしながら、ポピュラー音楽と福祉、ポピュラー音楽と教育、ポピュラー音楽と地域、ポピュラー音楽と人材育成、というように、何かの要素をプラスし、音楽内容よりもそちらを事業の主軸に持って来れば、公共が支援するべき事業にもなり得るのではないだろうか。

 

今後、相容れなかったポピュラー音楽と文化行政にまつわる議論が進むことを期待する。

 

 

参考文献:

三井徹編訳『ポピュラー音楽の研究』音楽之友社、1990年

吉澤響「地方自治体における芸術文化活動に対する公的支援に ついての一考察」『大阪大学教育学年報』 第10号、2005年3月

宮本直美「文化の公的支援とポピュラー文化」『ポピュラー音楽研究』第10号、日本ポピュラー音楽学会、2007年2月

一般社団法人 全国公立文化施設協会『アートマネジメント ハンドブック②』2013年

 

 

2020年11月noteより移行