毕赣最新2作レビュー - 描かれる中国の地方の現実

 中国発の映画はなるべく観るようにしているが、なぜか『凱里ブルース』と『ロングデイズ・ジャーニー』には「ふーん、胡波(※映画『象は静かに座っている』監督で1989年生まれ、2017年に自殺し逝去)と同世代の、中国出身の監督か〜」と思ったぐらいで、あまり内容に興味を持たず、上映初期の鑑賞を逃していた。(※毕赣は1988年生まれ)

 

 それでもご近所のシネ・ヌーヴォで上映が始まったので、どんなもんか観てみるか、と思い、まず映画館で観る前に中国の動画サイト爱奇艺で『路边野餐(邦題:凱里ブルース)』を観てみた。(※私は爱奇艺の有料会員なので、爱奇艺にアップされている映画はまあまあ観れる。たまに中国国外からの視聴ができないものもある。)

 

 全編が凱里の方言で、言葉は聞いてもほとんどわからなかったが、字幕を追ってもわからない。シネ・ヌーヴォで日本語字幕版を観ると、なるほど、詩が多く、これはとても中国語初学者の私に中国語のみで理解できるものではない。後半部の長回しシーンは、バイクで徒歩で、凱里の路地を立体的に徘徊し面白い。「普段は伝統音楽をやってるんだけれど、今日は師匠が休みだから僕らはポップスを演奏するんだ」と言って村の余興で演奏する若者バンドの初々しさ。突然「『小茉莉』を演奏してくれ」とバックバンドよろしく要求し、カラオケとして歌い始める主人公の音痴具合も、素晴らしく良い。凱里には行ったことがないけれど、私が一年滞在した福州市のすみっこのほうも、こういった空気が流れていた。村や小さな町の、住民のための、手づくり余興イベントの、この味がたまらない。盛り上がりに欠ける野次馬と、淡々と進み延々と続く余興。

 

 そして、多くの有名人からの絶賛コメントが寄せられている『ロングデイズ・ジャーニー』も日を置いて鑑賞。伏線まみれのストーリー構造の面白さ然り、映像の美しさ然り、そして特筆すべきはやはり音声と音楽が観客にもたらす効果を十分に操っていた点だろう。毕赣のこの両作で音楽を担当しているのは台湾で長年侯孝賢監督作品の音楽も担当してきた林強。両作ともに、少数民族の音楽が効果的に使われながら(決して漢族から見たエキゾチシズムに溺れていない)、劇中に登場する歌のシーンやバンドと挿入歌がきちんと毕赣によるストーリーの歯車にはまり、さらには劇中に登場する毕赣による詩作品に劇伴がしっかりと寄り添う。

 

 両作品とも、映画ポスターやロゴは陆云帆が担当。2020年の上海国際映画祭のポスターも彼がデザインし、中国の文化芸術系ニュースでは話題となった。また陆云帆も毕赣と同世代で1990年生まれ。

 

 


↑ちなみに、『ロングデイズ・ジャーニー』の原題は『地球最后的夜晚』(意味:地球で最後の夜)。 

 

 

 『凱里ブルース』で注目を浴び、圧倒的に予算が増えたと思われる次作であり最新作の『ロングデイズ・ジャーニー』は、一貫して夢の中と思しき世界を描いており、画面の色合いやストーリー、登場人物の言動や、空間の設定、時間感覚などすべてが虚構に見える。しかしながら、これも凱里が半分は舞台になっており、ヒロイン自称"ワン・チーウェン"(湯唯が演じる)が少し醸し出している田舎臭さは非常にリアル。あきらかに高級ではないだろう安っぽいワンピースやカバン、靴そして腕時計を身につけている。背伸びしているんだけれども、高級感は漂わないファッションなのだ。これが地方凱里の現実だと言わんばかりに。

 

 後半約60分の長回しシーンで現れるヒロイン自称"凱珍"のファッションも同様、田舎臭さがある。このシーンも『凱里ブルース』と同じく、村の余興イベントがシーンの核となっており、特設ステージで繰り広げられる歌謡ショーと、それをまるで唯一の娯楽のように見て楽しむ人々が映る。もれなく"凱珍"もこの余興を楽しんでいるのだ。そんな彼女は、茶色に髪を染めマッシュルームカット、襟元にファーがついた赤い合成皮革のジャケットにスキニーのジーパン、そして膝丈のロングブーツを履いている。実はこのファッションと髪型で冬を過ごす30代女性が、中国の地方には実に多くいる。私が福州で通っていた、6人座れば満席の食堂のお姉さんも、冬は全く同じ格好をしていた。もし中国に明るくない人が観れば、湯唯が演じるため、とても可愛らしくイカしたファッションに見える人もいるかもしれない。しかしあのファッションは、中国にありふれた、地方での生活に無聊を感じながら暮らしている女性の、典型的ファッションなのだ。

 

 2回目の映画館での『ロングデイズ・ジャーニー』を観終え、パンフレットを買い自宅に戻りページをめくると、毕赣監督がインタビュアーの質問にこう答えている。

 

──あなたのスタイルは、リアリズムの魔法と密接な関係を見ますか?
私の映画は魔法というよりむしろ現実的だと思います(笑)。
(『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』公式パンフレット内 p23より)


 そう、まさにこの映画の要素一つ一つは現実そのままなのだ。現実ではありえない空間設定や演出がずいぶん含まれているのに。そして凱里という地方こそが、毕赣監督の出身地で彼の記憶と全ての現実が詰まった土地である。私たち観客は彼の作品を観ることで、凱里の現実を覗くことになる。

 

 また、『ロングデイズ・ジャーニー』は中国本国ではプロモーション楽曲として以下の2曲が使われている。

youtu.be

 

 

youtu.be

 

 

 『黑綠的夜』という歌は映画本編にも挿入されているが、田馥甄(台湾の歌手)によるこのバージョンはプロモーション使用のみ。下の動画、窦靖童(Leah Dou、中国およびアメリカで主に活動)による楽曲も、映画本編では使用されない。(※少なくとも日本上映版では使用されていない。)豪華なプロモーション楽曲に中国語圏の映画産業の大きさを思い知る。

 

 前半にも触れたように、この映画の音楽は台湾の林強が担当しており、またエンドロールの謝辞には侯孝賢の名前も登場する。また、両作に多くの人が注目するのは、台湾で開かれる金馬奨で話題になったことも理由としてあげられるだろう。中華人民共和国の政治や人権問題に多くの注目と批判が寄せられるなか、より大きな中国語圏においては、統治体制の境界を超えた、創造的な協働が続いておりそれが未だ可能だということ。この点に、大きな希望を感じていたい。

 

 

2020年11月noteより移行