演劇役者が演劇をつくる、中国のリアリティショー『戏剧新生活』について・前編

中国では今、多くの人がテレビではなくスマホで動画を見るようになり、いくつかある配信プラットフォームがドラマやバラエティ番組、映画ラインナップを充実させ、より多くの視聴者を集めようと競争している。日本でもNetflixやAbemaTV、GYAO!などを、PCやTVのディスプレイで観ている人は多いが、中国のテレビ離れと配信プラットフォームへの傾倒は、日本の数倍勢いづいている。わざわざ家でディスプレイで見るのではなく、スマホでどこでも観る、というのが、中国のスタイルかもしれない。

 

中国の配信プラットフォームには、もちろんバラエティ番組もある。そのなかでも特にリアリティショーと呼ばれる類の番組が流行しており、これが、「リアリティ」にどの深度で迫るかという点を観察しているだけでも結構面白く、私も多くの時間を費やしてしまう。それに、中国語初学者としては、わざとらしくない自然な会話の聞き取り練習にもなる。

 

日本でのリアリティショーの先駆けは『あいのり』だったろうか。最近では『テラスハウス』も人気だったようで、出演者の自殺もずいぶんと話題になった。そんなこともあって、日本でリアリティショーと聞くと、恋愛、容姿、下心、格付け、暴露など、どろどろとしたワイドショーに似たトピックを連想してしまう。人の不幸は蜜の味。人の感情や反応、妬みをエサに、視聴者を集めるかのような……。

 

中国のリアリティショーにはその要素がない、と、言い切ることは難しいかもしれないが、番組構成の中で占める大部分はハッピーで明るく前向きなものである。何にせよ、中国では動画プラットフォームで配信する際にもちろん当局の許可を得る。低俗だったり倫理的に問題のあるものは配信できない。

 

ここ数年で人気だったリアリティショーのひとつに、インディー系バンド数十組が出演し、演奏を競った『乐队的夏天』(英名:The Big Band)がある。これが、メインストリームではない音楽を扱っていたのに大流行し、多くのインディー系バンドがこれを機に有名になり、出演したバンドたちのギャラは跳ね上がったという噂である。北京のキャパシティ150人程度のライブハウスSCHOOLには、毎日行列ができるようになったとも聞いた。これまでに2シーズンが配信された。

 

他に、映画やドラマで人気を誇る俳優たちが出演するリアリティショーもある。『向往的生活』(Back to Field)は、テレビと配信プラットフォームで配信された人気番組で、私はかいつまんで見ただけだが、確かに面白い。メインで出演する黄磊(Huang Lei)は、陳凱歌(チェン・カイコー)の初期監督作で傑作『边唱边走』に出演していたベテラン俳優。田舎でのDIY的な家屋の修繕や料理、暮らしの知恵などが豊富な彼を中心に、若手俳優たちが集まって、合宿生活をしながら都市生活では経験できないスローライフを実践していくというもの。特に、若手は超人気俳優が出ているのだが、手際良く会話も面白い黄磊がどんどん若い彼らを鍛え上げていくのが面白い。都市生活しか知らず、ひ弱だったり不器用だったりする若手俳優たちは大先輩である黄磊に導かれ、たくましくなっていく。ひとつのシーズンで約14エピソードあり、現在までに第5シーズンまでが配信された。

 

ここまでが、本題に入るまでの背景である。本題としたいのは同じくリアリティショーである『戏剧新生活』(英名:Theatre for Living)だ。戏剧は、日本語漢字では戯劇と書く。つまり、演劇のことだ。2021年の1月から3月にかけて、第1シーズンが配信された。こちらはテレビ放送はなく、爱奇艺という動画プラットフォームのみでの独占配信だった。『向往的生活』においてバラエティ番組での確かな手腕を見せた黄磊が舵をとり、黄磊も経験してきた舞台演劇についての、まさに現実的なリアリティショーだったのだ。

 

ざっと番組の骨組みを紹介すると、ベテラン俳優でもある黄磊が声をかけて集めた8名の若手あるいは中堅舞台俳優たちが、ひとつの場所に合宿し、8名で細々とした作業を分担しながら演劇作品をつくっていくというものである。1つのシーズンを構成した13エピソードは、さらに前編後編それぞれ90分ずつに分かれている。13エピソード中に、合計約10本の演劇が創作され上演された。脚本の選定から台本書き、演出、会場との使用料交渉やチケット販売など、上演時の技術以外の仕事はすべてこの8名の俳優たちが担う。さらには、合宿中の自炊も俳優たちが自分たちで行う。そして厳しいルールとして、食事代や合宿の宿舎代は、上演で得た収入でまかなう。

 

この『戏剧新生活』に登場した俳優たちは、中国では著名とは言えない。中堅俳優の刘晓晔(Li XiaoYe)とコメディ俳優の修睿(Xiu Rui)は、比較的著名だと言えるかもしれないが。映画に脇役で登場したことはあっても舞台を主とする演劇役者である彼らの知名度は低い。日本と同じく、テレビや映画よりも舞台演劇のほうがニッチだから、必然的にそうなる。つまり、『戏剧新生活』には中国の誰もが知っているようなスターやアイドルが出演していないのに、なかなか好評で話題にのぼったリアリティショーだった。実際に、私が別の角度からこのリアリティショーに思い入れがあったことを差し引いても、内容は面白かった。

 

さて、私の思い入れとは何かというと、このリアリティショーの行われた場所にちなんでいる。ベテラン俳優である黄磊は、中国で1年に一度開かれる巨大な演劇祭「乌镇戏剧节」(英名:Wuzhen Theatre Festival)の委員メンバーであり、発起人でもある。発起人は他に、中国の著名な劇作家・演出家である孟京辉、そして台湾で同じく著名な賴聲川らである。私は、2018年のこの乌镇戏剧节に行った。現在は東京を拠点とし、当時はバンコクを拠点としていた篠田千明さんによる演出の演劇作品『ZOO』が2018年の乌镇戏剧节に招聘され、私は制作スタッフとして篠田チームで参加したのだった。あの演劇祭期間中の面白いエピソードもやまほどあるのだが、ひとつだけしっかり書いておくとすれば、契約書のやりとりから渡航、現場での仕込み、上演、バラシまで、演劇祭事務局の素晴らしいスタッフたちのおかげで、不安を感じることなくとても安心して取り組むことができた。

 

話を戻す。リアリティショー『戏剧新生活』において黄磊が集めた俳優たちの多くは、乌镇戏剧节の常連で、またこの番組が収録された場所も乌镇だ。演劇祭が毎年開催されている、観光区として開発されたエリアで、昔ながらの水路の路地と田園風景のなかに、大小様々な劇場がぼこぼこと十数個ある。こういった演劇祭や芸術祭、そして大規模な国際会議のために再開発されたようである。(日本で言う、MICE施設が一つの風景豊かな景観区に十数個あるというような光景を想像してもらいたい。)もちろんこのエリアには宿泊施設も3つ星から5つ星ぐらいまできちんと整っており、だから海外のカンパニーや劇団をどんどん呼んで演劇祭を開催できるというわけだ。元々住んでいた住民たちは立退にあっていると思うので、賛否両論あれど、まあ、演劇側のスタッフとして行ってみると、会場としては至極便利でありがたい。ちなみに、この観光区として囲われた入場料の必要なエリアから外に出れば、本来の姿の水路や、古い町並み、元々の住民たちの生活がまだ残っている。

 

乌镇戏剧节発起人の黄磊が番組『戏剧新生活』の主宰者のような役割を担う。そして同じく乌镇戏剧节発起人で台湾の演出家・賴聲川が、この番組内で舞台役者たちがつくる演劇作品の審査および評価を担う。さらに、舞台役者たちも、多くが乌镇戏剧节常連メンバーで、撮影されている舞台も乌镇戏剧节と同じエリア。ということで、この番組には年に一度の乌镇戏剧节をプロモーションする役割もあるはずだ。事実、今年1月から3月にかけて配信されたこの番組のおかげか、明日2021年10月15日に開幕する第8回乌镇戏剧节の各公演チケットは、発売開始後30分ですべて売り切れたとのこと。これまでとは全く違う。リアリティショー『戏剧新生活』の効果は凄まじい。おそらくプロデュース側で色々と手を引いたであろう黄磊の政治力には感服である。コロナの影響を受け海外の劇団はひとつも招聘していないのに、チケットが即完売なのだ。

 

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上の記事は、このリアリティショー第1エピソードの冒頭が、「演劇は稼げるか?稼げないか?」という大きな問題提起から始まったことが書き出しにある。そして、今年の乌镇戏剧节の全公演チケットが即完売したことや、その各公演チケットが前回までと比べて大幅に値上がりしている状況を挙げながら、「演劇は稼げる、と言えるようになったのではないか?」と仮定し分析していく。(しかし記事は最後に、まさか一過性の人気番組に頼るわけにはいかず、演劇業界全体の質向上と探求の時間が必要だ、と解いており、至極真っ当だ。)

 

では、テレビや映画ではなく、ちょっとニッチな舞台演劇というものが、中国ではどうしてここまで人を惹きつけたのか。リアリティショー『戏剧新生活』は、いったいどんな番組だったのか。後編記事では、番組内容について詳しく紹介したい。

 

後編はこちら。

yamamotokanako.hatenablog.com